年1回の職場の健康診断に
歯科健診を組み込むのが悲願

 骨太方針に国民皆歯科健診を具体的に検討するという文言が盛り込まれ、歯科医師たちは色めき立った。歯科健診が充実すれば、口腔の健康維持を通じて全身の健康を守りやすくなり、長期的には医療費の抑制を見込める。それと同時に経営面では歯科医院への受診につながり得る。

 当時は25年に導入されるという見立てが広まり、多くの歯科医師が期待に胸を膨らました。しかし、厚生労働省の官僚らと意見交換を重ねてきた歯科医療情報推進機構の松本満茂専務理事によると24年現在、導入が固まった段階にはない。歯科医療界からは、20歳と30歳の歯周病検診でお茶を濁して終わるのではないかと懸念する声も出ている。

 こうした期待と懸念について、日本歯科医師会の山本秀樹常務理事は誤解が生まれていると解説する。そもそも日本歯科医師会は20年に策定した「2040年を見据えた歯科ビジョン」で「最終的に2040 年までに国民皆歯科健診の体制整備を目指す」と掲げていた。その後に骨太方針に盛り込まれたことで、「少しは早まるかなとは考えている」(山本氏)が、1年や2年の時間軸ではない。歯周病検診に20歳と30歳を加えて終わるようなものでもない。

 目指すのは生涯にわたって歯科健診を義務化すること。それには法改正が伴い、早くてもあと3~5年、あるいは10年単位という長い時間軸で議論は進む。政府サイドに強力な旗振り役が出てくれば加速もあろうが、時間をかけてでも義務化する意味は何なのか。

 日本歯科医師会の調査によると、企業に義務付けられた年1回の職場の健康診断あるいは人間ドックの受診率は約5割(21年度)であるの対し、義務化されていない職場や自治体の歯科健診の受診率は約1割にとどまる。歯科健診が義務化されれば、健康診断の中に組み込んで受診率を引き上げる道が開ける。これを実現することこそが、歯科医療界にとっての悲願なのである。

 厚生労働省の「歯科疾患実態調査」によると、若年層では虫歯を持つ者の割合は年々減っている。それなのに働き盛りの年齢層になると、昔も今も虫歯を持つ者の割合は変わらなくなってしまう。制度の整備をすれば、この状況を変えられるのか。実は、まだ足りない。

 臨床検査を専門とする東京歯科大学の井上孝名誉教授は、企業の健康保険組合と組んで健康診断のオプションで歯科の臨床検査を実施しており、そこで重要になるのが、書籍やYouTubeなどの動画で検査や受診につなげる「周知」だという。受診する側の意識を変えなければ、たとえ検査しても、歯科医院の受診になかなかつながらない。

 負のスパイラルから抜け出すのに必要なのは、制度整備と啓発の両輪である。

Key Visual by Noriyo Shinoda, Kanako Onda, Graphic by Kaoru Kurata