【72】1984年
全政府機関を民営化したら?
架空シナリオの大半が実現

 臨時行政調査会(土光臨調)は83年に解散したが、“増税なき財政再建”を実現するための行政改革はここからが本番だった。また、行革にあたって、企業の自由競争による創意工夫や個人の自立自助による活力を増大させるという「民間活力の活用(民活)」が脚光を浴びる。

 1984年8月18日号では、「架空シナリオ すべての政府機関を民営化したら」と題して、さまざまな政府機関や地方自治体の事業について、民営化の可能性を論じている。最初に俎上(そじょう)にのぼっているのが「特殊法人」である。46年にはわずか六つだった特殊法人は、高度成長の波に乗って増え続け、79年度末には111に達していた。

1984年8月18日号「架空シナリオ すべての政府機関を民営化したら」1984年8月18日号「架空シナリオ すべての政府機関を民営化したら」
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『あってもなくてもいいような法人が、厚かましく生き残り、国費をムダ食いしている。“環境衛生金融公庫”というのがある。
 バーやキャバレー、飲食店、理髪店、美容院、クリーニング業、ホテル・旅館、公衆浴場など、環境衛生関係の零細業者に、低利の政府資金を貸し付けるのが仕事である。
 59年度の貸付け計画をみると、総額2150億円。資金調達として、財政投融資から2162億円が投入されている。
 零細な "水商売”に低利資金を貸してくれるのだから、結構な政府機関と思われるかもしれないが、これが間違い。疑う人は、東京・赤坂の環境衛生金融公庫をのぞいてみるといい。金融機関でありながら、ここには“貸付窓口”がないのである。
 それも道理、融資の受付や審査、資金の回収など仕事の8割は、同じ特殊法人の“国民金融公庫”に委託し、残り2割は民間銀行に頼んでいるのである。
 60人ほどの職員は厚生省と大蔵省から出向した役人。それが、ほとんど実質的な仕事もないまま存在している。
 こういう“不要法人”が存在できるのは、政治の圧力による。自民党の議員の3分の2が“環衛族”。環衛16団体、260万世帯の大票田がにらみを利かせていては、どうにもならないというのである』

 冒頭でやり玉に挙げられた環境衛生金融公庫はこの15年後、1999年に日本政策金融公庫に組織統合されることになった。このほかにも記事内では、国民金融公庫、農林漁業金融公庫、医療金融公庫、日本開発銀行、日本輸出入銀行、住宅・都市整備公団などの特殊法人が“不要”と名指しされた。実際、これらの特殊法人は今日までにことごとく姿を消している。

 このほか、民営化の議論が進んでいた日本国有鉄道、日本専売公社、日本電信電話公社の3公社のほか、郵政事業と日本放送協会(NHK)の民営化も訴えている。郵政事業は2007年に民営・分社化されたが、NHKは公共放送事業体のままである。

 また、地方自治体に対しては、水道、公園、道路、公営バス・電車、ごみ収集などの事業は民間に任せたほうが、手際よく、低コストでできると説く。住民登録や戸籍といった仕事もすべてコンピューター化して“住民登録会社”に委託し、地方自治体は警察と消防に限定すべきだと大胆に提言している。

 教育についても、公立学校の授業レベル低下から公教育に見切りをつける親が増えているのだから、地方自治体は公立学校に投じていた税金を私学に振り向けるべきだと主張し、女性の社会参加を増やしたいなら企業の負担で保育所をつくるべきだとの考えを示す。この他、国立大学もいらないし、農業分野にも民間の競争原理を持ち込むべきで、年金や医療保険も国が丸抱えするのでなく、老後の設計は自己責任で行う時代だと述べる。

 日本年金機構は現存するが、大学や病院は独立行政法人に移行したように、なかなか正鵠(せいこく)を射た特集だったといえよう。