発表直後の2013年4月20日号の緊急特集「日銀超弩級緩和の衝撃」では、従来の政策を超えた大規模かつ強力なアプローチに翻弄(ほんろう)される市場関係者の慌てぶりが描かれている。
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「おい、正気かよ」
4月4日、午後1時40分過ぎ。日本銀行による世界でも類のない、大規模な金融緩和策の概要が伝わると、大手銀行のディーリングフロアはざわめきに包まれた。
市中への資金供給量(マネタリーベース)を2年で2倍、買い入れる国債の平均残存期間(デュレーション)を7年程度に延長し、保有額の年間増加幅を2倍以上に、歯止めをかける「銀行券ルール」は一時適用を停止――。
行員たちが、通信社の速報や日銀の公表資料を食い入るように見つめ、その衝撃をまだ消化し切れないうちに、株式や外国為替のディーラーの席では電話が次々に鳴り、フロアが騒然とし始めた。
大手証券会社では、買い入れ対象に40年債も加えると速報で伝わると、ヘッジファンドからドル買いの電話がいっせいに入った。
銀行のフロアでも、「ロング(買い)」という叫び声があちこちで響き渡る中で、フロアに設置されモニター画面には、狂ったように上昇し始める株価と、政府の為替介入と見紛うような勢いで、円安方向に猛進するドル円のレートが表示されていた。
ロスカット寸前の円買いポジションを持ち、目が血走り始めた為替ディーラーを横目に、高みの見物を決め込んでいた国債ディーラーたちの目つきが、急に険しくなったのが同日の午後3時半。2003年6月11日につけた、10年物国債の過去最低金利0.1%をいとも簡単に下回った時だ。その後の「春の嵐」を予感させた瞬間だった。
ある国内証券の調査部門では市場が落ち着いた夕方に、緊急のミーティングを開き、債券や為替などの今後の市場の動向について話し合ったが、自分たちの読み筋が全く通用しない日銀と市場の動きを見て、「黒田さんは市場を牛耳る気なんですかね」「これじゃあ、俺たちの仕事がなくなるな」 と、ぼやき声が漏れた』
日銀は、市中への資金供給量を激的に増やし、円安に誘導することでインフレを起こすことを画策したが、実際には2%のインフレ目標の達成は困難を極めた。市場に多額の資金が供給されたものの、企業や個人の借り入れ需要は期待ほど伸びず、先行き不透明感から消費者も支出を抑える傾向が続いたため、企業は価格を上げることに慎重とならざるをえない。バブル崩壊以降に強く根付いたデフレマインドは、なかなか払拭できなかった。
とはいえ、異次元緩和による円安進行で、輸出企業の国際市場での価格競争力が高まり、製造業を中心に業績改善が進む。また、日銀によるETFなど資産買い入れなどで市場に大量の資金が流れ込んだことで、株式市場が活性化。13~15年の3年間で日経平均株価は83%も上昇した。
一方でこの間、日本銀行による大量の国債の買い入れによって、国債市場における日銀の影響力が大きくなる一方、国の財政健全化が進まないことによる将来的な財政リスクは高まり、さらに長らく続く長期金利の抑え込み政策による金融市場のゆがみも顕在化していった。資産価格の上昇によって富裕層は利益を得たが、資産を持たない人々の恩恵は少なく、所得や資産の格差が拡大したという指摘もある。
なにより、大規模かつ大胆な政策だったがゆえ、その終わらせ方次第では日本経済に大きな混乱を引き起こす可能性が生じる。緩和策を急激に縮小すれば金利が急上昇し、企業や政府の借り入れ負担が急増するリスクがある。異次元緩和の「出口戦略」の適切なタイミングと方法に、日銀は頭を悩ますことになる。