目黒冬弥
「ダマされたら誰が責任取るの?」能登半島地震の対応でメガバンク行員が発した“信じられない一言”
【石川、富山、新潟、福井各県内の支店、支社への不要不急の電話連絡を禁ずる。郵送も同じく可能な限りEメールで対応のこと】社内イントラの本部総務部からのヘッドラインの中で、このメッセージが目についた。

「私の給付金の入金はいつなの!?」クレーム客の怒り爆発が確定でも銀行員が必ず最初にやること
物価高騰が世間で騒がれている。なんとか物価を上げたい、これこそが長期にわたる政府の悲願だった。長く続いた景気浮揚策はことごとくうまくいかず、日銀は景気刺激を目的にゼロ金利、さらにはマイナス金利まで持ち出し、物価が上昇するのをひたすら待った。

「預金が欲しくねーのかよ!?」メガバンクで激ギレの中国籍の男、後に発覚した“驚きの正体”とは?
年の瀬が近づくと、さまざまな事情を抱えたお客が来店する。やはり12月は、一年中で一番お金が動く月だ。来店客も普段の月の1.5倍、多い日には約2倍の来店がある。来店客が多ければ多いほど、セールスのチャンスは広がる。これは大歓迎だ。ただ、そんなお客ばかりではなく、苦情もまた相対的に多くなるものだ。

全銀システムで障害発生→メガバンク支店長の本性露呈「あきれた一言」とは?
「課長、三星銀行の預金課長がお見えです。課長にお会いしたいそうです」総合受付に立つロビー担当が、インカムを通じて伝えてきた。

「3億円にしない?」メガバンク支店長が“内紛疑惑の会社”の融資額3倍を提案した魂胆とは
今から20年近く前のこと。私が営業担当として実績が伴い、全支店レベルで評価され、課長代理に昇格できた心斎橋支店。ここで私はその功績を認められ、営業担当の花形である新規専担、つまり法人の新規開拓だけを主務として任された。

「預金1億円を2日後に解約」という客が心変わり!銀行課長の“今ならアウトな裏技”とは?
私が入行した1990年代バブル末期の頃、銀行の普通預金金利は2%、1年定期は6%あった。三十数年を経て、現在は普通預金が0.001%、1年定期が0.002%だ。思えば入行して以来、一貫して全ての経済指標が右肩下がりとなり、後半の15年はどん底をはうなど、暗いムードに染まった銀行員人生だった。

銀行「予約なしの客は来店拒否」驚きの実態!長机でバリケード、両手で入店ブロック…
銀行は、さまざまな業種の企業や個人と関係を持つ、社会インフラである。預金口座利用や融資取引を通じて、社会や産業の発展に貢献している。そう言いつつ私は、銀行がその役割を果たしていない、あるいは終えたと実は感じている。

銀行で課長止まりの私と、支店長3店目の1年上の先輩…「出世の明暗」分けたのは?
黙っていれば、いつの間にか支店長になれる。そんな時代ではなくなった。支店の数は年々縮小の一途をたどり、支店長のポスト自体がそもそも減っているからだ。椅子取りゲームの椅子は確実に少なくなっている。

「この通りです!」メガバンク支店長の土下座に取引先は絶句→「俺はさあ…」支店長が帰り際に明かした真意
「ふざけんなよ!支店長出せよ。奥にいるんだろ?」午後3時の閉店に向けて混み合うロビーに、一際大きな男性の声が響く。今の大声で、おおよその事態は推測できる。待たされて怒っているのだろう。こうした苦情は日常茶飯事だ。

7月17日は海の日。全国至る所の海水浴場で、環境を考えるイベントが企画されている。もっとも、環境保全の重要性についてはずっと前から言われてはいた。世の中がそれをSDGsと騒ぎ出して、もう何年になるだろう。今から四半世紀ほど前。私が若手営業担当の頃、こんなことがあった。

「今年の夏休み子ども銀行体験教室、どうする? 去年、小岩第三小学校には断られたよな。新しい学校を探すか? それとももう一回、小岩第三小に頼みこむか…どうしたもんかな」ゴールデンウイークの終わり、毎年夏休みに開催している児童向け職業体験に招く学校選定に苦労していた。

私が入行した頃は、支店対抗野球大会があった。他にテニス、バスケットボールも対抗試合があった。軟式野球は特に力が入っていた。支店ごとにユニホームまでそろえる徹底ぶりだった。当時は支店近くの商店街にひとつふたつはスポーツ用品店があり、野球のユニホームもオーダーできた。支店長が異動すると、新しい支店長が自分の好きなプロ野球チームに似せたユニホームに変えてしまうことがあった。

「どなたかお友達に日本語が話せる人いませんか?私の言ってること、分かりますか?でーすーかーらー!日本語分かります?来ていただいても困ります!」「代理、ちょっと。篠部さんのあの電話だけど、なんかもめてるのかな?」主任の篠部さんが大声で四苦八苦している様子があまりにも目立ったので、課長代理に尋ねた。

「カチョサン、疲れてるネ。ダイジョブ?ファイトダヨ!」エレベーターに乗ってきた女性から、カタコトの日本語が聞こえてきた。

「マイナンバー、受け付けました。明日、発送するので保管をお願いします」マイナンバーという単語が聞こえて、やりかけの報告作業の手を止めた。

「何だこりゃ?」3年前の2020年、コロナ禍のさなか。支店に大きな段ボール箱が届いた。宛名は預金担当課長、つまり私のことだ。段ボールを開梱すると、ノートPC1台とICカードリーダー、それと飾り付けのPOPにのぼり一式が入っていた。

私の部下に、うつによる長期離脱から見事に生還した者がいる。30代後半の独身、実家から通い、趣味は映画鑑賞というごく一般的な行員だ。温厚で真面目、丁寧、几帳面な性格で、献身的に業務を遂行すると前任店の人事評価レポートに書いてあったが、今ひとつ特徴が見えてこない。彼女は前任店でうつを発症し、復職を機にみなとみらい支店へ異動してきた。

銀行は4月に大規模な異動があるものの、小規模な異動はほぼ毎月のようにある。絶えず身の回りで人が動いている職場であり、人間関係を起因とするストレスが発生しやすい職場だと考えられる。さらに、新しい職場では、常に確認すべき書類の保管場所はどこにあるのか、金庫の開閉は誰が何時に行うのか、午後3時の閉店から怒涛のように始まる「勘定突合」の流れに違いはあるのか…あらゆることが分からない。昨日までの勝手知ったる職場のように動けないもどかしさから、ストレスが募っていく。

旧都市銀行の保養所施設は豪華だった。名だたるリゾートには必ず保養所があり、ほとんどが自前の不動産だった。関東に地盤がある都市銀行であれば、熱海、伊東、長岡、白馬といった、従業員がアクセスしやすいエリアが中心。従業員は一泊3000円程度で利用できた。まだ独身で親元から通勤していた頃、両親が驚いたのを覚えている。

メガバンク現職行員が赤裸に語る、新入行員が浴びる「先輩と生保レディーからの洗礼」とは。
