さらに“ヤバい”、「論文」の問題の核心とは?

 そして第二の問題は、実に皮肉なことであるが、財務次官が「このままでは日本は財政破綻する」と乾坤一擲のメッセージを発したにもかかわらず、長期金利は高騰するどころか、超低金利のまま、ほとんど反応しなかったということである。

 もし、金利の高騰を招いていたら、矢野次官は、それこそ更迭されていたであろう。

 それはともかく、この金利の動きについて、矢野次官はどう説明するのであろうか。

 市場関係者は、氷山(債務)があるのに「ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいる」ので、破綻するかもしれない国の国債を買っている、とでも言うのだろうか。

 しかし、下図に示すように、過去40年間、我が国の政府債務は増加の一途をたどっているのに対し、長期金利は逆に低下傾向にある。とりわけ、過去20年間は、世界最低水準で推移しているのである。

 また、2020年度はコロナ対策もあって、基礎的財政収支の赤字が56.4兆円と前年度の4倍近くにまで膨れ上がった。にもかかわらず、長期金利は、相変わらず超低水準のままである。

 日本が財政破綻に向かっているというなら、どうして、このような現象が起きているのか。

 タイタニック号だの、氷山だの、霧だのといった表現で誤魔化すのではなく、論理一貫した説明をする責任が、「財政をあずかり国庫の管理を任された立場」にはあるはずだ。

 なお、矢野次官は日本国債の格付けの引き下げを懸念しているが、実際に、2002年、日本国債の格付けが外国格付け会社によって引き下げられたことがあった。この時、財務省は、外国格付け会社に対して反論する公開質問状を発した。その質問状には、次のように書いてある。

「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。」

 この質問は、そのまま、矢野次官に対しても向けられるべきであろう。

 もちろん、2002年当時よりも現在の方が政府債務残高は大きくなってはいる。しかし、現在の長期金利は、2002年よりも一桁も低いのである。

 要するに、この財務省の質問状が示す通り、自国通貨建て国債を発行する日本政府が、財政破綻に陥ることは考えられないということだ。だからこそ、矢野次官の論文にもかかわらず、金融市場はほとんど反応せず、長期金利は高騰しなかったのである。

 したがって、矢野次官の論文の問題とは、端的に、「このままでは国家財政は破綻する」という主張が間違っているという点にある。官僚が政治家に対して異論を唱えたことが問題なのではなく、その異論が間違っていることこそが、真の問題なのだ。

 しかも、そのメッセージが長期金利を高騰させなかったということで、矢野次官は、財政破綻論の間違いを自ら証明してしまったというわけである。

 要するに、「我が国の財政は破綻に向かっている」などと発言してはならない立場の者が、我が国の財政が破綻することはあり得ないにもかかわらず、破綻に向かっていると強弁した。矢野次官がやったのは、そういうことである。

 ちなみに、なぜ日本の財政は破綻しないのかについては、例えば、拙著『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室』【基礎知識編】』において分かりやすく書いているので、参照されたい。

中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』『日本経済学新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。11月17日に最新刊『変異する資本主義』(ダイヤモンド社)が発売される。