池上正樹
神奈川県大和市は今年10月、「ひきこもり」を「こもりびと」というネーミングに変えて相談窓口を開設したところ、1カ月で28人の相談があったという。ネーミングを工夫しただけで、当事者やその家族が殺到したのはなぜなのか。

「就職氷河期世代」の支援について、政府は2020年度から3年間、集中的に取り組むプランをまとめた。問題は、この中に「ひきこもり支援」もよくわからないまま組み込まれたことだ。真に必要な支援とは何か、担当大臣を問い質した。

引きこもり経験者らでつくる当事者団体が、このたび「ひきこもり・生きづらさ実態調査」を1000人規模で行う。国の調査とは違い、当事者ならではの内面からの目線で、その実態が初めて明かされる。彼らが感じる「生きづらさ」の元凶とは、いったい何か。

「人間として、扱われていない感じがします」。そう厳しい現実を訴えるのは、地方に住む41歳のシングルファザーだ。2人の子どもを世話しながら生活していくために転職ができず、ほぼ引きこもり状態に陥った。彼の目に映る未来とは。

うつ病、発達障害、LGBT、引きこもり状態などの当事者4人が「生きづらさJAPAN」というサイトを立ち上げた。当事者同志の情報発信や、生きづらさを抱えた人たちが交流するための場を提供し、支援するという。この試みは広まるだろうか。

「助けを求めることが当たり前の社会を」という引きこもり当事者の視点から地域づくりの仕組みを説いた、京都府の研究会の提言に注目が集まっている。恥ずかしさを感じて地域と繋がれない当事者の意識は、変わっていくだろうか。

厚労省は全国の自治体が過去10年間に実施した『ひきこもり実態調査』の調査状況を、初めて取りまとめた。実態調査を行っていたのは全国の自治体の7%で、調査結果を公表していたのは34%だった。気になる中身はどうなっているのか。

地方の都市で、生きづらさを抱えた当事者たちが居場所をつくり、引きこもり経験者を講師とする「ひきこもり学」と題する講演会を開いたところ、川崎市児童殺傷事件などの影響もあり、会場は立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。参加者は何に救われたのか。

川崎市で起きた児童らの殺傷や、練馬区で起きた父親による長男刺殺などの事件の後、報道などを通じて引きこもり当事者に対する偏見や差別への動揺が広がっている。そんななか、ひきこもり8050問題を考える学習会が開催された。

終わりのない「引きこもり」状態によって親子が地域で孤立するなか、相談の声を上げない親に代わって兄弟姉妹が動き出すケースが増えている。兵庫県で引きこもる妹のために姉が立ち上げた「こもりむしの会」は、当事者と家族を繋げることに成功した。

引きこもる子を持つ母親が、地域のFMラジオで「不登校・ひきこもり」に関する1時間番組を毎月放送し、反響を呼んでいる。リスナーからはおおむね好意的な反応を得られているという。この活動が、周りの人たちの考え方に少なからぬ変化を与え始めた。

段ボール箱などの散乱するゴミ屋敷のような家に1人で暮らす、60歳の男性がいる。彼は、「引きこもり」の高齢化問題を象徴するような存在だ。日本の社会構造から、自分がそのような方向へ追いやられていると感じている。彼を追い詰めるものの正体とは。

内閣府が3月末に公表した、40~64歳の「ひきこもり中高年者」の数が推計約61万3000人に上ったという調査結果は、話題を呼んだ。彼らの多くは、親も子も高齢化する「8050問題」の当事者だ。制度の狭間に取り残された人たちの実態は、どうなっているのか。

「8050問題」が注目されるなか、引きこもる兄への見方を180度変えることによって、30年ぶりに話ができるようになった弟がいる。ある日突然引きこもり、還暦を迎えてしまった兄。兄弟間におけるコミュニケーションの再生は、どのように行なわれたのか。

引きこもり長期高齢化に伴う「8050問題」に対応する先進自治体の1つが、2017年に基礎自治体では全国初となる「ひきこもり支援センター」を開設した、岡山県総社市だ。この度新たに立ち上げた「ひきこもり家族会」では、家族の窮状が明らかになった。

引きこもる人々を外の世界と交流させることは難しい。しかし、引きこもり経験者の家族たちが、経営する喫茶店内に「居場所」を開いたところ、引きこもり当事者をはじめ多くの住民が集まったという事例がある。そこには、地域共生社会のヒントがあった。

先日、懲役4年の実刑判決を言い渡された、大分県の引きこもり青年が、本人の強い意向により福岡高裁に控訴した。「いったい、どうやって自分の苦しみを証明すればいいのか」と法廷で不満を訴えた彼は、2年前、こども園をナイフで襲撃した犯人だ。

ラブホテルで働くことは、真面目で細かいところにも目が行き届く「引きこもり」心性を持つ人との親和性が高いと言われている。実際に、引きこもり生活から一念発起し、ラブホ清掃の職に就いて認められ、主任に出世している人もいるのだ。

自宅に引きこもっていたものの、東日本大震災をきっかけに変化した人たちがいる。そのうちの1人である32歳のある男性は、被災地にボランティアとして出かけ、3ヵ月にわたる体験を本に綴り、注目を集めている。被災地で彼を変えた「出会い」とは何か。

平成最後の年が終ろうとしている。振り返れば、平成は「引きこもり」という言葉が広く認知された時代でもあった。この30年間で、引きこもりへの支援の在り方も大きく変わってきた。「幸せな生き方」を模索する当事者たちの声は大きくなっている。
