
後藤謙次
持ち前の高い答弁能力で、首相の石破は衆院での2025年度予算案審議を乗り切ったが、参院予算委に論戦の舞台が移った3月5日、思わぬ落とし穴にはまった。事態を劇的に変えたのは、立憲民主党が参考人として招致した全国がん患者団体連合会理事の発言だった。

「馬の乗り換え」で少数与党の首相、石破茂は当面の窮地を脱した。キャスチングボートを握ったのは「103万円の壁」の見直しを提起して予算案の修正協議を引っ張ってきた国民民主党ではなく、教育無償化を求めた日本維新の会だった。

少数与党政権下での予算成立に向け、自民党が取った戦略は3党全部との個別接触だった。首相の石破茂が米大統領、トランプとの日米首脳会談を終えて帰国した直後から、回り舞台が回るようにその仕掛けの一端が姿を見せ始めた。

米大統領のドナルド・トランプとの初めての日米首脳会談。1泊3日の“弾丸ツアー”は明らかに国内外の石破を見る目を変えたのではないか。

開幕が4月13日に迫る大阪・関西万博。しかし、盛り上がりを欠いたままチケットの売り上げも伸び悩んでいる。そんな万博への肩入れが目立つのが首相の石破茂をはじめとした与党の幹部たちだ。にわかに万博成功に向けてかじを切ったかに見える政権中枢の動きを額面通りに受け取るわけにはいかない。

「トランプ劇場パート2」が幕を開けた。1月20日の就任演説でもトランプは早々に「米国第一主義」を全開させた。首相の石破茂はトランプとどう向き合えばいいのか。

通常国会の召集が1月24日に迫る。会期は150日間。延長がなければ会期末は6月22日。首相の石破茂が置かれた少数与党という厳しい状況を考えると、会期末までに何が起きても不思議はない。

2024年10月の衆院選の与党惨敗で少数与党政権に転落した首相、石破茂を巡っては「年内持つかどうか分からない」との臆測が消えなかったが、何とか年を越した。しかし、25年の新年を迎えても少数与党という厳しい現実は少しも変わらない。それでも石破の政権担当意欲は全く衰えるところがない。

#9
2024年10月の大乱戦となった自民党総裁選で、高市早苗氏を劇的に破って誕生した石破政権。ところが同月の衆議院選挙に惨敗し、早くも猛烈な逆風にさらされている。「ダイヤモンド・オンライン」の人気連載「永田町ライヴ!」の特別版として、政治コラムニストの後藤謙次が、参議院選挙と東京都議会選挙が控える2025年の政局を読み解くと共に、「特別コラム」として、25年に結党70年の節目を迎える自民党の歴史を振り返る。

韓国大統領の尹錫悦が12月3日夜に発令した「非常戒厳(戒厳令)」を巡る大混乱で、来年1月の首相、石破茂の訪韓も取りやめとなった。尹の政治生命は事実上終わったとされ、外交戦略の練り直しを迫られるのは必至だ。

自公過半数割れの政界激変をもたらした衆院選の“戦後処理”がなお続く。与党では公明党で党首が交代した。自民党総裁の首相、石破茂も就任からまだ2カ月余。初心者マークの党首同士が、しかも少数与党でのかじ取りを担う。そして、野党側も混乱続きだ。

不安定な少数与党に立脚する首相、石破茂の悪戦苦闘が続く中で前首相、岸田文雄の言動がにわかに注目を集める。主要新聞もこぞって岸田の動向を取り上げた。

30年ぶりの少数与党という極めて脆弱な政権基盤の上に立つ首相、石破茂が奇妙な“安定”を手にしているかに見える。政界全体がすくみ合って身動きが取れない状況にあり、もちろん石破が完璧な安全地帯に身を置いているわけではない。

11月11日に召集された特別国会の衆院本会議場の光景は、自公惨敗をくっきりと浮かび上がらせ、首相指名選挙も1度では決まらず決選投票に持ち込まれた。石破が第103代の首相に選出されが、今の石破政権は「剣の刃渡り」の状況にある。

首相の石破茂の自民党総裁選挙辛勝で始まった「令和政変」は、衆院総選挙での自公大敗を経て少数与党政権という極めて不安定な政治状況を生んだ。波乱要因が内在しており、大乱世の到来は間違いない。

自民党が狙った前例なきスピード選挙の思惑は完全に裏目に出た。政治資金パーティーを巡る裏金問題に対する有権者の反発は想定をはるかに超え、しかもその影響は連立政権を組む公明党にも及んだ。大手メディアが最終盤に実施した情勢調査に基づく記事の見出しが自公苦戦の状況を浮かび上がらせた。

第50回衆院選挙は15日公示された。石破茂(67)が首相に就任してからまだ半月。全てが異例の選挙戦が始まった。焦点は裏金問題の直撃を受けた自民党が過半数の233議席を維持できるか否か。石破が掲げた勝敗ラインは「与党で過半数」だが、選挙後の政変の可能性も否定できない。

「予算委員会を開こうと言ってくれる人が一人もいなかった」。第102代の首相に就任した石破茂は10月1日朝、臨時国会での首相指名選挙に臨む前、側近に苦しい胸の内を吐露した。そこには新しい日本のリーダーになるという高揚感はなく、自身が置かれた厳しい党内状況に対する危機感がにじんだ。

9月23日の立憲民主党の臨時党大会で代表に選出された元首相の野田佳彦は、早期の衆院総選挙を前提に臨戦態勢を宣言した。立民を追い掛けるように自民党の総裁選が展開され、政治は新しい局面に突入した。しかも前例のない与野党の第1党による「ダブル党首選」の結果、首相経験のある野党党首と首相経験のない自民党総裁が激突する初めての衆院選の構図が固まった。

9人の候補者が乱立した自民党総裁選は終盤を迎えたが、新総裁が誰になるのかが決まる前に衆院選の選挙日程が浮上するという異例の展開を示す。解散風が吹き荒れるきっかけを与えたのは総裁選に立候補した元環境相、小泉進次郎の9月6日の出馬会見だ。
