こうした関税の使い方は、脅し以外の何物でもない。「タリフ(関税)マン」を自称するトランプ大統領が、ついに新たな次元に突入したとみるべきだろう。

 これまでもトランプ大統領は、安全保障上の脅威を理由に、鉄鋼・アルミ製品への関税を引き上げたり、自動車・同部品の関税引き上げを検討したりしてきた。しかし、安全保障と結びつける理屈はともかく、そこで脅威とされたのは輸入であり、通商政策の延長線上に位置づけることは可能だった。

 翻って、メキシコは違う。鉄鋼・アルミ製品の輸入と違い、関税を引き上げたからといって、それで不法移民が減るわけではない。目的(不法移民の抑制)と手段(関税)の間には、明らか乖離が存在する。

 かねがねトランプ大統領は、関税こそが「我々の経済力を最大限に利用する最善の手段だ」(2018年12月のツィート)と述べてきた。米国市場へのアクセスをテコに、不法移民対策の強化を迫った今回の1件によって、そうしたトランプ大統領の本領がいよいよ発揮されたと言える。

困った時の移民・関税頼み
メキシコ問題は払拭されない

 不法移民の問題は、今後もメキシコとの通商関係をかく乱する要因になり得る。引き上げ回避の理由となった米国とメキシコとの合意は、メキシコ政府による対策の成果を45日以内に評価したうえで、十分な効果が確認できなかった場合には、追加措置を協議する枠組みとなっている。今後も不法移民が増え続けるようであれば、関税の引き上げが再び検討されかねない状況だ。

 さらに厄介なのは、メキシコによる取り組みの成否にかかわらず、いつまでも関税を巡る不透明性が払拭できない点である。トランプ大統領には、政治的に難しい状況に追い込まれると、不法移民や通商の問題に注目を集めさせようとする傾向があるからだ。

 米アトランティック誌は、トランプ大統領にとって不法移民と通商問題は、困ったときに手を伸ばす「松葉づえ」のようなものだと評している。前触れなく始まったように見える今回の関税引き上げ騒動も、5月29日にモラー特別検察官が記者会見を行い、メディアなどでロシア疑惑の関連報道が目立ち始めたために、トランプ大統領が世論の注目を逸らせようとした可能性が指摘されている。