そもそも、株価や景気への影響を気にするにしては、ちらつかせる関税の規模が尋常ではない。トランプ大統領は、いずれメキシコへの関税を25%まで引き上げる方針を示していただけでなく、同じ時期には中国からの輸入品全てに対する関税を引き上げる用意も進めていた。
こうした関税の引き上げが実現すると、米国の歴史でも稀にみる増税となる。実は米国は、増税が行われ難い国である。1980年代から90年代前半にかけては、財政再建を睨んだ増税が何度か実施されたが、1993年に増税が行われた後は、オバマ政権の医療改革に増税が含まれるまで、約20年にわたって目立った増税は行われてこなかった。
国内経済総生産(GDP)比で比較すると、対中・対メキシコ関税が引き上げられた場合には、1980年代前半以来の大増税となる。2017年にトランプ大統領が行った減税と比べても、2020年度の時点ではほぼ同じ規模となる増税である。
それだけの大増税をほのめかしても、これまでは株価が暴落するような展開にはならなかった。トランプ大統領が味をしめているとすれば、株価への配慮は自制を促す要因になり切れない。
不透明感のボディーブロー
企業経営者の不安が景気の逆風に
関税引き上げ騒動で鮮明になった不透明感の高まりは、たとえ株価の暴落が避けられたとしても、米国経済をじわじわと傷つけていく。
気をつける必要があるのは、企業経営者が感じる不透明性である。株式市場の観点からは、トランプ大統領が混乱の収拾に動きさえすれば、とりあえずは好感できるのかもしれない。しかし、より長い視点で判断を行う企業経営者にとっては、トランプ大統領が自作自演する混乱に、一喜一憂している余裕はない。当面の混乱がどうであろうと、将来的な不透明性が低下しなければ、設備投資などの判断を下すのは難しい。企業の投資が鈍った場合には、それが景気の足を引っ張るだけでなく、経済の成長力にとっても逆風となる。
混乱の発生と収拾が繰り返されるたびに、企業経営者が感じる不透明性は上塗りされ、拭い去り難くなっていく。ほんのひとときの出来事に感じた悪夢は、終わりのない悪夢の入り口なのかもしれない。