
安井明彦
人種差別解消や多様性支援などに取り組んできた米企業がロス騒乱などでも一転して沈黙を決め込んでいる。背景には、DEIやESGなど、社会性のある企業活動を毛嫌いするトランプ政権の圧力があるが、世論の分裂で社会問題への企業の態度表明は波紋を広げやすいことも及び腰の要因だ。だが安易な軌道修正も真剣度を疑われ消費者の反発を招きかねず、企業のリスク管理の課題になっている。

中国との関税引き下げ合意などトランプ関税政策軟化の背景には、与党共和党の不利が見込まれる2026年の中間選挙への思惑がある。トランプ岩盤支持層だけでなく大統領再選の決め手になった「政治への関心が薄い層」の支持を得るため、関税引き上げによる国民の不安を和らげる狙いだ。

トランプ政権の支持率低下の背景には、関税引き上げで国内物価が上昇することへの不安がある。トランプ高関税政策は各国に国際的な貿易不均衡の背景にある米国の需要への過度な依存を是正する意識を持たせたが、表裏にある米国の過剰消費や海外の安い労働力依存に焦点を当てることにもなっている。

上下両院も共和党が多数派を占めるトランプ政権がバイデン前政権時代の政策を次々にひっくり返す中で民主党のリベラル派若手議員らが徹底抗戦の動きを見せている。だが世論調査では民主党に「穏健路線」への修正を求める声も多く、政治的対立と政策面での妥協で折り合いをつけることが党勢回復の鍵だ。

トランプ大統領は80本近い大統領令に署名、DEI政策の撤廃や公務員の大量解雇などに突き進むが、大統領令の合法性を巡り全米で100件の訴訟がすでに起きている。「ロバーツ最高裁」は司法の優越性を重視するが、「闇の政府」を糾弾するトランプ大統領との親和性もある。「最後の砦」の矜持が問われる正念場だ。

トランプ第2次政権は発足早々から、「米国第一」の政策を打ち出し、「小さな政府」路線で歴史的な転換を演出したレーガン大統領のような足跡を残すことが意識されるようにみえる。一方で大統領権限を極限まで行使しようとするスタイルには、「帝王的大統領」と呼ばれウォーターゲート事件にまみれたニクソン大統領の幻影がちらつく。

トランプ第2次政権を1次政権の時より「好意的」に受け止めるムードが産業界などにもあるが、移民の抑制にも世論調査で55%が支持するなど、厳しい不法移民対策で超党派の合意が生まれる素地がある。経済を支える移民を受け入れ続けるためにも移民管理の厳格化を検討せざるを得なくなっているようだ。

トランプ氏の勝利に加えて共和党は議会上下両院でも過半数を獲得したが、とりわけ上院の53議席は党内の造反があっても人事決定や予算などの重要法案成立で大きな力になる。物議を醸している閣僚人事だけでなく、今後、トランプ減税の延長や最高裁判所の保守派判事若返りでも53議席の重みが示されそうだ。

終盤に入った米大統領選だが、SNS上ではトランプ陣営も加担したハリケーン被害の支援などを巡る「偽情報」や「陰謀論」が氾濫している。深刻なのは、政治的な思惑による偽情報流布がコロナ禍などで広がった専門家への信頼低下のため政府不信や社会不安を増幅させることだ。

米大統領選挙はトランプ氏の「ペット発言」にとどまらず、過去にバンス上院議員がハリス氏をやゆしていたことが掘り返されて物議を醸すなどトランプ陣営の失点が目立つ。バンス発言の背景には人口減少が現実味を帯びる中で女性の生き方を巡る価値観の隔たりという根深い問題があり、それがまた「分断」を深刻にしている。

米大統領選は民主党のハリス氏に追い風が吹くが、懸念されるのは前回同様にトランプ陣営が選挙結果を認めず体制移行が混乱することだ。投票所に“不正監視”のボランティアを動員する計画などの選挙の公正さに疑念を植え付けるキャンペーンが続けられ、世論調査にもその効果が少なからず出ている。

バイデン大統領が撤退を表明した米大統領選挙はハリス副大統領が民主党候補として指名されることが確実な情勢で、共和党の副大統領候補のバンス氏も含め世代交代が加速する様相だ。経済政策などでは民主・共和両党の主張に接近の兆しもあり、次の世代が米国社会の新たな在り方を模索する「始まりの選挙」の意味合いを帯びてきた。

米大統領選挙に向けたバイデン、トランプ両氏のテレビ討論会は政策論より個人攻撃の目立つ舌戦となったが、どちらが勝つにしても新大統領は、就任早々、債務上限引き上げや「トランプ減税」を延長するのかどうか、年金医療改革などの財政を巡る決断を迫られる。

米大統領選は前回と同じ対決となりバイデン、トランプ両陣営とも勝利には浮動票の上積みよりも自らの「支持層の離反」を食い止めることが鍵になっている。「激戦州」の戦いが焦点だが、黒人やヒスパニックの支持離れが目立つバイデン氏にはラストベルトの中西部3州の勝利が再選の生命線だ。

欧州や日本の米国巨大IT企業の独占・寡占の弊害除去の規制強化の動きを、バイデン政権は“容認”する一方で、デジタル貿易だけでなく政府調達や鉄鋼分野でも自由貿易原則の通商政策を変えている。経済安全保障や気候変動対策重視ともいえるが米企業にとっては逆風だ。

米大統領選は「スーパーチューズデー」で民主・共和両党の候補者が確定し「バイデンVSトランプ」の再戦の構図だ。だが、世論調査で優勢のトランプ氏は党内の反トランプ層や無党派層に支持を拡大できるのか、一方のバイデン氏も高齢への不安払拭や有権者に景気回復を実感させることができるか、勝利には課題を残している。

米大統領選は共和党予備選で6連勝のトランプ前大統領が本選でも高齢懸念を払拭しきれないでいるバイデン大統領に勝利する「ほぼトラ」の空気が漂い始める。危機感から民主党が打ち出したのが「次世代の顔」と期待されながら存在感の薄かったハリス副大統領を前面に出す作戦だ。

米大統領選に向けた共和党の予備選はトランプ前大統領が連勝し早ければ2月中にも指名獲得を確実にする可能性があるが、この「早期決着」にはバイデン大統領にむしろ有利に働く要素がある。「トランプ氏の復活」「過激な思想に支配された政党」に焦点を絞って危機感を高める選挙戦略ができるほか、経済実感の回復など追い風になりそうな材料が出てきたからだ。

コロナ禍を機に米国への流入が急増した移民が国内に拡散し、自治体財政負担増や住宅不足などの問題を背景に米国民の移民に対する意識が厳しくなっている。移民に寛容な民主党の支持者にも変化が見られ、2024年大統領選挙のイシューにもなり得る。移民抑制となれば米国経済の成長にも影響が必須だ。

24年米大統領選はバイデン大統領の支持率低迷で“トランプ氏再登場”もあり得る状況だが、米政治の混迷に輪をかけそうなのが議会選挙で上院と下院の多数派が入れ替わり、今とは違う「ねじれ議会」になる可能性があることだ。
