菅義偉が沖縄政策で今こそ伝えたいこと「沖縄と政府の対立報道は後を絶たないが…」米軍・北部訓練場の返還式典で、返還区域を示すパネルの贈呈に臨むケネディ駐日大使(左)と筆者(2016年12月) Photo:SANKEI

沖縄県の基地負担軽減は、安倍政権でも最重要課題の一つだった。その問題解決に向けた取り組みについて、全3回にわたって振り返る。本稿はその最終回だ(肩書はいずれも当時のもの)。(第99代内閣総理大臣/衆議院議員 菅 義偉)

政府の沖縄政策の両輪は
基地負担の軽減と振興

 基地負担の軽減と振興、これが政府の沖縄政策の両輪であることは論をまたない。この思いは、政府と沖縄県の間でも共有できている。普天間飛行場をはじめとする米軍施設の移転、基地負担軽減は沖縄県も望むところである。

 私は2016年12月に行われた北部訓練場の返還式典に出席した。当時の私は、14年9月の内閣改造で、内閣官房長官の職と共に沖縄基地負担軽減担当大臣を兼務する立場にあったこともあり、沖縄の本土復帰後、最大規模の返還を実現できたことに感無量の思いだった。

 当時の沖縄県知事だった翁長雄志氏がこの式典に出席されなかったのは大変残念だったが、地元から国頭村長、東村長、さらにはヘリパッドの移設先である高江区長が出席され、この歴史的な返還の意義を分かち合った。

 また、当時のキャロライン・ケネディ駐日米国大使もこの式典に出席された。16年11月の米大統領選挙の直後で、政権交代により程なく離任されることが既に決まっていた時期だった。

 ケネディ大使は13年11月に米国の特命全権大使として日本に着任されて以来、特に沖縄の負担軽減問題では緊密に連絡を取り合ってきた。協力して課題を一つ一つ乗り越えていく中で、友人としての交流も深まった。

 毎年6月に行われる沖縄全戦没者追悼式にも毎回、出席され、ケネディ大使が17年1月に離任されるまでの約3年間で、1996年の沖縄に関する特別行動委員会(SACO)合意以降、まったく進展していなかった沖縄基地負担軽減策は着実に前進した。着任以来、基地負担軽減問題の進展のために一貫してリーダーシップを発揮してこられたのである。

 離日される前に、日米同盟をさらなる高みに引き上げる「北部訓練場の返還式典」という節目の機会に立ち会っていただくことができたことには、個人的にも感慨深いものを感じた次第である。