【105】2017年
ブラック企業のレッテル回避へ
働き方改革VS人事部
安倍晋三首相肝いりの「働き方改革実現会議」が2016年9月に発足し、雇用対策法、労働基準法など8本の労働法の改正を含む「働き方改革関連法」の施行に向けて動き始めた。そんな折にクローズアップされたのが、「電通社員過労自殺事件」だった。大手広告代理店の電通で、過重な業務によって心身を病んだ社員が自殺に追い込まれた事件が発生したことが明るみに出て、16年11月に電通は厚生労働省東京労働局の家宅捜索を受けた。
「長時間労働の抑制」と併せて注目を浴びたのが、「同一労働同一賃金」である。同じ企業内で、正社員と非正規社員との間の不合理な待遇差があってはならないというものだ。デフレ経済下において恒常化していた、非正規労働者を“雇用の調整弁”として活用する経営手法に歯止めをかける目的があった。
政府が旗を振る「長時間労働の抑制」と「同一労働同一賃金」。前者が不十分ならば、労基署に目を付けられてブラック企業のレッテルを貼られてしまうし、同じ企業内で後者が徹底されていなければ社員から訴えられてしまう。深刻な人手不足の中、企業は早急な対応が求められた。2017年5月27日号の特集「人事部vs労基署 『働き方』攻防戦」では、その最前線の状況が描かれている。
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パナソニック、三菱電機、森永乳業 大京穴吹建設……。5月10日、厚生労働省は労働基準法等の違反で書類送検された、いわゆる“ブラック企業”の実名リストを初公開した。
手始めに、今回は334社を公表。向こう1年はリストから社名が消えることはない。5月末、6月中旬にも新たにブラック企業が追加される予定。今後、毎月50~60社のペースで企業リストが随時更新されていく見込みだ。
“罪状”には二つのパターンがある。一つ目は、労働基準監督官が再三にわたって指導・勧告したにもかかわらず聞く耳を持たなかった悪質なパターン。二つ目は、突発的な事故が発生した場合など、労働安全衛生法の観点から送検されたパターンである。
もともと、監督官は強制的に会社に立ち入り調査をしたり、違法が判明すれば被疑者を逮捕・送検したりできるなど、強大な権限を持つ司法警察官である。
その上、電通事件などで過重労働が社会問題化するようになると、ますます、労基署や監督官の存在感が強まった印象がある。ブラック企業リストを公表できたのも、その強い権限があるからだ。塩崎恭久厚生労働大臣が、過労死ゼロ対策の一環として鶴の一声で企業名公表に踏み切った。
(中略)
企業が、一度ブラック企業へ転落すると、そこから這い上がるのは至難の業だ。人手不足の深刻さは極まるばかりで、ブラック企業のレッテルを貼られた企業で働きたいと思う人など皆無だからだ。
今後、人材力が企業の競争力を分けるようになることだけは間違いない。優秀な人材を獲得し続けるために――。企業による人事改革は待ったなしの情勢だ』
2019年に施行された「働き方改革関連法」では、時間外労働の上限規制が導入され、原則として月45時間・年360時間を上限とし、繁忙期でも月100時間未満に制限することが定められた。もっとも、既存の企業文化や労働慣行は依然として根強く、中小企業や成長途上のスタートアップでは、徹底されていない面もある。企業の成長ステージや、個人のライフステージによって仕事の仕方は違うため、一律導入について是非を問う議論もある。
「同一労働同一賃金」については、業務内容が同じであれば賃金や待遇の差を設けないことが法制化されたが、逆に言えば企業が正社員と非正規社員の業務内容や責任の違いを説明できれば待遇差を設けることができる。企業側の裁量が大きく、待遇改善が進んでいないケースも多い。「働き方改革」は、労働環境の改善に向けた重要な一歩ではあるが、いまだに定着途上ともいえる。