哲学「正反合」の思想がイノベーションの秘訣
私の好きな哲学の考え方に「正反合」があり、「合」をやることがイノベーションを起こす秘訣だと考えます。
例えば、経済成長を高めることを「正」とします。正を行うことで環境問題や公害といった不都合が生じますが、これが「反」です。不都合が生じたら、「正」をやめれば経済成長はストップします。「正」か「反」の二者択一だと、イノベーションは生まれません。
二者択一やゼロサム的な思考は理解や評論に便利なため世の中の多くの人が使いますが、変革やイノベーションを起こすことは難しいです。そうした一種の循環論法から抜け出したのが、西洋哲学者ヘーゲルで有名になった弁証法「正反合」です。「止揚」とも、「アウフヘーベン」ともいいます。
変革やイノベーション(技術革新)には「正反合」の思想が求められます。経済成長も環境問題も同時に解決しようとする「合」のスタンスで臨むことでイノベーションが生まれるのです。両方を大事にして、ともに活かすウィンウィン(Win-Win)の関係になるように考えるのです。
経営や投資においてもウィンウィンの発想は大切です。なぜなら、経営では妥協を超えたソルーションを見出したり、新しい価値を創造したりする必要があるからです。投資もまた将来の配当を得るために新しい価値が創造できる企業を見極める必要があるからです。
中国CATLが短期間でトップに立った理由
中国の車載リチウムイオン電池メーカーの寧徳時代新能源科技(CATL)は韓国メーカーを抜き去り、短期間でトップに立ちました。CATLの経営者の口癖は「誰もができることを、他の誰もができないようなレベルでやる」です。さらに「誰もができないことをやる」という口癖もあります。まさに正反合の考え方と言えるでしょう。
リチウムイオン電池の利点は容量が大きいことで、問題は安全性です。容量を増やそうとすると、安全性が犠牲になるというトレードオフの関係にありますが、そこをブレークスルーしたのがCATLです。二者択一的な思考から抜け出し、安全な材料を使いつつ、容量も劇的に上げることに成功したのです。
半導体も積層セラミックコンデンサ(MCLL)も基本は積層です。積層させるものをわざわざ丸くする必要はありません。CATLは刀型のブレード電池を採用し、空間利用率が高いのが特徴です。円柱と正方形では、正方形の方が容積が大きく1.2倍を超える差になります。乾電池が円柱なのは作りやすさからくる理由にすぎないのではないか。そう常識を疑い、試行錯誤を重ねるわけです。
リチウムイオン電池は、所望の電圧を得るために積層し、それをセルと呼びます。そのセルを直列(一部並列)につないだものをモジュールと呼びます。そのモジュールを並列に組み合わたものをシステムと呼びます。中国メーカーやテスラはモジュールをなくし、セルを直に搭載することで部材を減らしています。
その際、セルが危険なら問題がありますが、セルが安全ならモジュールという概念が不要になります。モジュールには標準化という思想があります。例えば、98のセルを並列して196のセル構成にするとか、20の直列を3つ並列して60セル構成にするなど、組み合わせは無数にあり標準化は簡単ではありません。
12ボルトなら12ボルトの電圧を満たすセルができれば、モジュールもその標準化も必要がない。こうしたCell To Pack(CTP)の概念を取り入れた電池開発に成功したCATLに対し、米テスラや独ダイムラーは長期契約を所望しました。CATLのモジュール不要の考えに賛同したのです。
イノベーティブな分野は「カイゼン」では世界トップに立てない
一方、日本メーカーはそのころ、電池をいれる筐体を高価なアルミでプレス加工するか、鋼材で薄くして冷間でプレスできるかという議論をしていましたが不毛でした。性能に寄与しないどころか、重さで走行距離が短くなるリスクもある。セルが安全なら、容器自体も不要ですから。
CATLは電池パックの部品点数を40%削減。その結果、製造コストの削減、生産効率の50%向上、電池パックのエネルギー密度は大幅に向上しました。さらに高価な希土類の削減にもつながり、環境問題にも貢献します。まさに正反合の思想を徹底して、世界トップに上り詰めた。これが「勝つ」ということです。日本が得意とする「カイゼン」では勝てなかったのです。
二者択一やゼロサムではなく、ウィンウィンの「合」を考える
様々な物事や立場でウィンウィンで考えられるようになると、グローバルで戦える頭脳になるでしょう。誰もができることを、誰もができないレベルでやることから始める。そういう人は少数派です。だからこそ、選ぶことに悩まない。探すことに時間を割かない。なければ自分でつくり、それを楽しむ。それが止揚へとつながっていくのでしょう。
正反合の考え方ができる人は、自分と他人を比較しません。自分は自分、自分がやりたいことをやるのみで、他人に干渉しません。一緒に作業するなら、互いの違いを楽しめばよいのです。すべての人を応援します。派閥はつくりませんし、派閥にも属しません。
企業の組織や社員は(リチウムイオン電池の)セルと同じです。直列や並列にしたり柔軟に並べ、それらを全体として差配することが経営の役割です。アルミ筐体の冷間プレスをトップが決断してしまうと、現場のセルは死にます。「無駄な」時間を生きることになる。モジュールレスの合理的発想をトップが打ち出すと、現場のセルは生きます。仕事が面白くなるからですね。
誰もができることを、誰もができないレベルで実行する
仕事が面白いと、遊びとの区別がなくなり、ついつい仕事(=遊び)をしてしまいます。これが誰もができることを、誰もができないレベルで実行する秘訣ではないでしょうか。仕事を遊びに昇華する。「仕事をしたい、遊びもしたい」の両方を解決するソルーションなのです。
「このプロジェクトは世界初の偉業になると思うので難しいかもしれないけど、やってみないか? 君の能力と情熱を見込んでの頼みだ。責任は私がとるから、自由にやってくれ」と経営トップや上司から言われたら、若手の心は燃えたぎりモチベーションも高まるでしょう。
誰でもできることを、誰もができないレベルでやる。一方、AIが得意なことはAIに任せる。そうすれば1日の労働時間は大きく減り、年収は倍増する。そういう世の中にするのが、これから到来するESG時代における経営者や投資家の役割だと思います。
(DFR投資助言者 山本潤)
この連載は、10年で資産10倍を目指す個人のための資産運用メルマガ『山本潤の超成長株投資の真髄』で配信された内容の一部を抜粋・編集の上お送りしています。メルマガに登録すると、週2回のメルマガの他、無料期間終了後には会員専用ページでさらに詳しい銘柄分析や、資産10倍を目指すポートフォリオの提案と売買アドバイスもご覧いただけます。