「AI革命」が過去の大きな技術革新と大きく異なっている点とは?
生成AIやオートメーション技術などの「AI革命」は、アメリカ経済の構造を変える潜在力を持ちながら、その影響の広がり方は産業革命や電化・大量生産、IT革命といった過去の大きな技術革新とは大きく異なっています。
その最大の特徴は、効果が「広く浅く」ではなく「狭く深く」集中していることです。
(1)賃金インフレの広がりの違い
産業革命や電化・大量生産の時代には、鉄道建設や工場設備、組立ラインといったインフラ整備に膨大な人手が必要でした。その結果、幅広い労働者層で賃金が上昇し、初期段階では明確なインフレ圧力が生じました。
IT革命でも、プログラマーやエンジニアだけでなく、事務職や営業職など広範な分野に新しい雇用と賃金上昇が波及しました。
これに対して、AI革命では高賃金化が限定的です。
恩恵を受けるのはAIエンジニアやデータサイエンティストといった一部の高度スキル人材にとどまり、大多数の職種には賃金上昇の波が及びません。
経済全体への賃金インフレ効果は、過去の技術革新よりはるかに小さいのです。
(2)生産性向上の速度と範囲
産業革命では機械化により製造業の労働生産性が急上昇しましたが、それが農業やサービス業へ波及するには時間がかかりました。
電化・大量生産も、組立ラインや各種規格の標準化が確立されるまでに数十年を要し、その間に段階的な生産性向上が見られました。
IT革命では、PCやインターネットによって業務プロセス全体が再構築されるまで20年近い「生産性ラグ」がありました。
AI革命はこれらと比べ、生産性向上の速度が圧倒的に速く、特に知的労働や事務処理、分析業務などの高付加価値領域では即効性があります。
既存プロセスを部分的にAI化するだけでも効率化効果が大きく、過去の技術革新を上回る「短期的生産性ショック」を生み出す可能性があります。
(3)雇用構造への衝撃

産業革命や電化・大量生産の進展の際は、旧来の職業が消える一方で、新たな製造業や都市型サービス業が急速に拡大し、失業率上昇は比較的抑えられました。
IT革命でも、新産業(ソフトウェア、Eコマース、ITサービス)が大量の雇用を生みました。
AI革命の場合は、事務職やカスタマーサポート、高度ではない専門職の多くが短期間で置き換えられる一方、新たな産業の雇用吸収力は限定的です。これは過去の技術革新と比べても、失業率上昇リスクが高い構造と言えます。
(4)インフレ的に作用するか、デフレ的に作用するか
産業革命・電化・大量生産、IT革命、AI革命のそれぞれについて、その影響がインフレ的に作用するか、デフレ的に作用するかを時間軸も念頭に入れてまとめてみると、以下のようになるでしょう。
●産業革命・電化・大量生産…初期はインフレ(投資需要・賃金上昇)、成熟期はデフレ(大量生産・コスト低下)。
●IT革命…一部の分野では初期からコスト低下が進むが、全体としては広範な賃金上昇が支えとなり、インフレとデフレが併存。
●AI革命…初期からデフレ圧力が優勢。生産性向上が速すぎるため、需要が追いつかず、短期的にも長期的にも物価上昇圧力が弱い可能性。
AI革命がもたらす投資戦略への示唆は?
AI革命は過去の技術革新のように「広範囲な賃金インフレと需要拡大」を伴わないため、中央銀行が利下げしやすい環境を作ります。これによって、AI開発へ投資する資金は調達しやすくなり、いいサイクルができることを促します。
AI革命は「新しい産業革命」と呼ばれることがありますが、その経済的インパクトの性質は、むしろ産業革命とは真逆に近いかもしれません。
歴史を踏まえれば、AI革命という集中型かつ加速型の技術革新は、短期から長期まで持続するデフレ要因として、投資判断や人生設計に大きな影響を及ぼすでしょう。
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガを配信中。
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