ESGの視点で大都市の交通インフラについて考える
今回もESG投資の理解を深めます(前回のコラムはこちら)。ESGのEはエンバイロンメント(環境)、Sはソーシャル(社会)、Gはガバナンス(企業統治)です。今回はSを取り上げます。テーマは「大都市の交通インフラ」です。医療費とCO2排出を劇的に下げつつ、人々の幸福度を向上させる魔法のような処方箋を実践しているイギリスのロンドンの取り組みを紹介します。
多くの犠牲の上に成り立っている「憧れのカーライフ」
人気アニメ「ドラえもん」には日本の原風景が描かれています。空き地には土管や裏山などがあり、子供の格好の遊び場です。のび太やジャイアンはそこで草野球をしています。1963年生まれの私の子供時代も同様の風景でした。当時は自動車の交通量が少なかったため、自宅の前の道路で父親とキャッチボールをよくしたものです。郊外に出れば、水田があり、そこにはカエルなどの動植物が多くいるなど、自然が豊かでした。その後、そうした風景は消え、住宅が建ち並ぶ味気ない空間に変貌しました。
現代は、自動車中心の社会と言えます。マイカーの所有は当たり前で、国道ですら歩道が整備されていない道路も多く、歩行者が道路を渡ろうとしても止まろうとしないマナーの悪いドライバーも増えました。
私の世代はカーライフという言葉に憧れ、学生ローンを組んで車を購入し、ドライブを楽しんできました。しかし、こうした自動車中心の社会は、多くの「犠牲」の上に成り立っていると言わざるを得ません。様々な対策を取りながらも、子供や高齢者などが犠牲になる交通事故は後を絶ちません。自動車の所有にかかる費用も高く、数百万円の車両代に加え、駐車場代、保険代、ガソリン代、税金などがかかります。東京では自動車を保有することで月々10万円程度「キャッシュアウト」すると言われています。
私は、会社が駐車場を用意してくれるとのことで、マイカー通勤を1年経験したことがあります。運転中はそれ以外のことはできない上に、途中で渋滞する区間があったりして、時間を有効活用できず、心も満たされませんでした。その後、会社に余計な出費をさせるのも心苦しくなり、マイカー通勤の「権利」を返上し、マイカーも両親に献上しました。その頃、低学年だった末っ子は車がなくなったことを残念がりましたが、私は正しい判断をしたと思っています。それ以来、なるべく歩くようにしました。その後、自転車を購入し、必要な時は自転車で通勤しています。
脱自動車社会に向けて、急速に舵を切る世界の大都市
現在、世界の大都市においては、交通弱者と呼ばれる子供やお年寄りの安全確保について真剣な議論がされています。また、排ガスや二酸化炭素の排出を大幅に削減できる自転車が見直されています。
例えば、大気汚染が深刻な中国の北京では、2019年に自転車専用のハイウェイが開通しました。3車線が整備され、そこに自動車や歩行者は侵入禁止です。こうした北京のような施策は、自転車の運転者や歩行者の安全性を高めるのに加え、自動車の交通量が減って環境問題の改善にもつながるため、世界で取り組みが拡大しています。
イギリスのロンドンでは、50年前から自転車中心の交通インフラを構築したオランダのアムステルダムやデンマークのコペンハーゲンをモデルに「サイクルスーパーハイウエイ」を建設しました。これは街の中心部と郊外を放射線状に結ぶ自転車専用道路です。C1からC12までの12のハイウエイの建設を計画しており、ほぼ完成しています。
「ドラえもん」の風景を取り戻したロンドン
また狭い路地を自転車専用道路に整備し、自動車を排除する取り組みも行ないました。路地裏のような生活道路はお年寄りや子供が安心して暮らせることを優先し、自動車が侵入できないようにしたのです。道路にはベンチや水飲み場なども整備し、子供が安心して遊べるようにしたのです。まさしく「ドラえもん」の世界の復活です。
ロンドンでは年間300億円近い予算を自転車道路の整備に使っています。ロンドン中心部における自転車による移動は約20年かけて3.5倍になりました。料金2ポンドで24時間利用できる格安のレンタル自転車を整備し、利用者は年間1000万人にのぼります。ただ、それでもまだ当局は自動車が多すぎるとして、毎年数万人の小学校の子供たちに自転車でロンドンを一周する体験をさせるなどして教育・啓蒙活動を行なっています。
また自転車もスピードを出すべきではないという考えの元、歩行者は時速5km以下、自転車も時速15km以下で移動することを求めています。北京の自転車ハイウエイも最高速度は時速15kmに制限しています。子供やお年寄りが安心して移動できることが肝心です。
環境問題と健康問題を一挙に解決する「ヘルシーストリート」構想
ロンドンでは自転車専用道路だけでなく、気軽に散歩できるグリーンロードの整備を計画しています。これはCO2削減と医療費の削減を同時に達成できることもあり、「ヘルシーストリート」構想と呼ばれています。
これらの施策によって、ロンドンの生活風景は随分と変わりました。道端が憩いの場となり、子供やお年寄りが屋外で過ごす時間が増えました。昨今、日本の小学生は外で遊ばず、屋内でゲームやスマホをするため近視が急増しています。近年の研究では太陽の光が近視を防止する働きがあることが分かっており、子供たちも外で遊ばせる必要があるのです。
マイカーを所有したいなどの個人の欲望を満たすことより、健康的な生活、環境に配慮した生活を優先すべき時代になりました。少し窮屈かもしれませんが、運動し、屋外で憩い、健康的に生きる。それが自然の再生にもつながるのです。
今の若者が社会の中心を担う時、マイカー保有の価値観は廃れる
今後、日本でも「都市部における自動車の所有は悪」であるという考えが急速に浮上してくるでしょう。例えば、カーエアコンは都市のヒートアイランド現象を生み出す大きな要因でもあります。多くの人が自動車に乗らずカーエアコンを使わなければ、都会はもっと涼しくなるのは間違いありません。
ESGのコンセプトは「誰も置き去りにしない」です。主に週末に使うためだけにマイカーを保有し、そのために多額の出費をし、利用する際は大量の二酸化炭素を排出する。地方や田舎では自動車がないと不便だから仕方ないという認識がありますが、これもいずれは通用しなくなるでしょう。田舎でも、コンパクトな循環バスを水素やEVで運行させるなどの工夫が必須となるでしょう。
今の若者世代が社会の中心を担うようになるにつれ、マイカーを保有したいという価値観は廃れるでしょう。若者は車にはあまり関心がありません。自動車アナリストが想定するように自動車需要は右肩上がりにはならないのです。自動運転のEV(電動自動車)を皆でシェアリングすることが普通になるかもしれません。
持続可能な社会とは「犠牲なき」社会
ESGの「S」の背景にある考え方は「社会的公正」です。特定のお金持ちだけが我が物顔で車を乗り回し、道路を独占するような都市は持続不能で衰退する。誰もが道路を有効に利用できる社会を目指す必要があるのです。
自動車中心の社会は、ESGの観点では非常に貧しいです。金銭的な貧しさではなく、「利便性が誰かの犠牲の上に成り立っている」ことに気がつかない「心の貧しさ」です。地球の生態系が尽きようとしている今、私もやるべきことは何かと自問自答する日々です。刹那主義や快楽主義に生きるのか。それともロンドン市民のように立ち上がるのか。日本は産業育成優先の社会でした。しかしそれではもう世界には通用しないのです。
欧米諸国を中心とする先進国はかつて強大な軍事力で、新大陸を占拠し植民地化しました。大規模な資本で土地を囲い、石化燃料の発掘や作物の栽培で莫大な富を築きました。労働力の大半は貧しい現地の住民に担わせ、そこで大切に育まれていたエコシステムを破壊してきました。わずか約100年足らずの間に大変なことをしてしまったのです。
コスタリカは経済的には貧しい国ですが、日本と同じく平和憲法を持ち、軍隊を解体して教育と医療予算を大幅に拡充。教育も医療も無料としています。電力は再生エネルギー100%を今年達成し、カーボンニュートラルを実現しました。国民の幸福度は非常に高いものがあります。それは誰も犠牲にならない社会だからです。
覚悟を決め、変わると決めたら強い日本企業
株式の価値は、事業の永続性がなければいずれは無価値になります。材木会社が木材を取り尽くせば売るものがなくなり売上はゼロになり、会社は消滅します。一人一人が大切に扱われる社会では人々は自発的によいことをするようになります。不安や恐れがなければ理想を語り始めることができる。そうなれば理想社会は実現できるはずです。半歩でも前進することが肝心です。「no one left behind(だれもおきざりにしない)」の精神で投資対象を考えるならば、犠牲者をこれ以上出さないように是正を求めることも投資家の役割の一つになるでしょう。
では、自動車メーカーやガソリンスタンドが「社会悪」かといえばそれは絶対に違います。これまで人類の発展に貢献してきたという自負、そして彼らこそが危機感を持ち、社会に貢献したいと願っていおり、その覚悟を持っているからです。今は変革の時代です。投資家は企業の変化を応援することも大切な役割の一つです。意思あるところに道がある。変わると決めれば後は実行あるのみ。日本企業は変われば、あとは強いと思います。
未来の社会インフラを担うESG銘柄
今回のテーマに関連する投資銘柄としては、自転車部品のシマノ(7309)、自転車メーカーのあさひ(3333)などにチャンスがあるかもしれません。CO2排出削減につながるライドシェア(相乗り)を進めているカーシェアのパーク24(4666)も活躍できます。鉄道、航海、航空の省エネにつながる交通気象に強いウェザーニューズ(4825)も貢献できるでしょう。もちろん、脱石化に欠かせないEVに必要なモーターや蓄電池、再生可能エネルギーを手がける会社なども有望なのは言うまでもありません。
最優先の課題は私たちの思考です。大量消費を当たり前として、自らの一つ一つの行動に思いを馳せない自分本位の生き方を少しでも改めることが求められるのです。それはある程度の年代の方々には難しいことかもしれません。しかしその流れを若者は当然と考えるでしょう。なぜ、若者が古着を着て、車を所有しないのか。根本的な思考が違うからです。私たちも若者を見習うべき必要があると思うのです。
(DFR投資助言者 山本潤)
この連載は、10年で資産10倍を目指す個人のための資産運用メルマガ『山本潤の超成長株投資の真髄』で配信された内容の一部を抜粋・編集の上お送りしています。メルマガに登録すると、週2回のメルマガの他、無料期間終了後には会員専用ページでさらに詳しい銘柄分析や、資産10倍を目指すポートフォリオの提案と売買アドバイスもご覧いただけます。