「勝者のゲーム」と資産運用入門

「貯蓄から投資へ」に水を差す金融所得増税問題。現在の20%でも高すぎるのに、増税はもってのほか。真に公平な金融所得課税のあり方を考える太田忠の勝者のポートフォリオ 第10回

2021年12月15日公開(2022年3月29日更新)
太田 忠
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2022年もショック再燃?株式市場に重くのしかかる金融所得増税問題

 岸田文雄首相が就任して間もなく「金融所得増税をする」と述べて株式市場が暴落した「岸田ショック」。その時は慌てて、「今直ちにというわけではない」と首相自らが火消ししたことで一度は事態の収束を図った。しかし、このプラン自体は無くなったわけではなく水面下で着々と進行。2022年度与党税制改正大綱において「高所得層ほど所得税の負担率が低くなる現状を是正する」と表現し、結論を出す時期は言及されていないものの前向きに検討する意向を示した。

 金融所得課税は、株を売って得たキャピタルゲインや配当収入に対して課せられる税金で、現在の税率は一律20.315%(所得税15.315%、住民税5%)である。復興特別所得税の0.315%はややこしいので省いて考えることにするが、この金融所得課税は分離課税(定率課税)であり、給与などに適用される総合課税(累進課税)とは異なることは皆さんご存知の通りだ。

 この金融所得課税を引き上げましょう、となったものだから、株式市場からは「えぇーーっ」という反応が起こった。

現在の税率20%は高すぎる。軽減税率時代の10%程度がちょうどいい

 私自身は20%の税率は高すぎると考えている。キャピタルゲインや配当を得るための元手はそもそも課税後のものであるし、配当収入などは企業と個人からの税金の二重取りになっている。東日本大震災をきっかけに2011年から2013年まで適用されていた軽減税率10%(所得税7%、住民税3%)程度がちょうどいいと思う。さらに遡れば、1953年から1988年にかけては株式譲渡益については原則非課税という時代もあった。

 アベノミクス以降の株価重視の政権スタンスが、岸田政権で変わってしまうことを市場は非常に警戒している。マーケットは岸田政権がいずれ金融所得課税を引き上げるとみており、これが日本市場にどんより重く覆いかぶさっている形だ。

 この増税スタンスは何が根拠となっているのか? 岸田首相は総裁選で所得額1億円以上の富裕層の所得額が大きくなるほど税率が下がる「1億円の壁」の解消を打ち出した。給与所得は累進制で住民税も含めて、最大55%の税率がかかるが、金融所得は一律20%。富裕層は金融所得を多く持つ傾向があり、年間所得が1億円を超えると所得税の負担率が下がるという理屈だ。

 でも、これは640万人の申告納税者のデータを元にしているだけで、納税者全体のデータ5900万人を反映していない。さらに言えば、15万人の株式譲渡所得の申告納税者に対して、グラフには含まれない源泉徴収ありの証券会社の特定口座が約2600万もある。要するに、財務省が自己都合で勝手に作ったグラフが「1億円の壁」である。

格差是正どころか、大衆増税。「貯蓄から投資へ」の流れに水を差す

 そして、一番大事な点は、目指すところの金融所得増税が格差是正につながらない可能性が高いことだ。今、一番メインシナリオとして考えられているのが「20%の税率を25%に引き上げる」案だ。これが実行されれば、およそ4600億円の税収増になる。このうち所得1億円以上の富裕層が負担するのは1800億円、そして1億円以下の層の負担は2800億円。税率の引き上げは富裕層への課税強化というよりも、これでは一般大衆への増税の側面が強まってしまう。

金融所得課税はむしろ一般大衆への増税か? Photo:タカス / PIXTA(ピクスタ)

 人数で言えば、所得額が1億円を超える超高額所得者はごくわずかにすぎない。納税者の多くを占めるのは年間の合計所得金額が800万円以下の層である。日本は欧米に比べて富裕層への富の偏りが小さく、家計が保有する金融資産のうち株・投信はわずか16%。税収増が金額的に限定的にもかかわらず、政府が進める「貯蓄から投資へ」の流れに水を差しかねない。

 ちなみに金融先進国の金融所得課税の税率を見ると、米国が0%、10%、20%の3段階、英国が10%、20%の2段階、香港やシンガポールはゼロである。日本はいつぞや香港やシンガポールのような金融立国を目指してなかったか?

 では富裕層だけをターゲットにした総合課税化はどうか? もし総合課税化となると、給与や事業、不動産投資などによる損失との相殺(損益通算)ができるのではないかという問題が出てくる。今はもちろんできない。でも総合課税で税金が増えるのであれば、そういう損益通算はできないのか、という富裕層の不満は当然出てくる。実は「金融投資の損失を給与と損益通算させたくないという観点から分離課税にしている」と匂わせる政府関係者の国会答弁がかつてあった。なので、これはブーメランが戻ってくる形だ。

公平な金融所得課税は、所得金額に応じて異なる「累進制」分離課税

 私は先ほど述べたように一律10%程度の課税でいいとの考えだが、もし本気で日本人全体にとって公平な金融所得課税を考えるとすれば、「累進制」分離課税を導入するしかないと思う。第一、「所得の多い人が本来より低い20%の税率で済んでいる」という議論があるのなら、当然「所得の少ない人が本来より高い20%の税率を課せられている」という議論があってしかるべきだが、全くこの側面は無視されている。岸田さん何とも思わないの? ホントおかしいよ。

 ということで、株式や配当に関わる税率は、その収入の大きさで異なる方式にしたい。例えば500万円までの利益は税率5%(本来は0%としたいところだがNISAがあるため5%にした)、1000万円までは10%、1500万円までは15%、2000万円までは20%、それ以上は金額に応じて税率を決めれば良いというような形だ。全員確定申告をして税金を支払う。

 株式投資は資本主義経済において資産を増やす必須ツールだ。特に日本の場合、過去30年間、年収が増えておらず、生活に希望を見いだせない雰囲気が充満している。株式投資で自分の資産を増やしつつ、「年金2000万円問題」にも備える必要がある。貯蓄だけではダメだ。なぜなら、お金そのものの価値がどんどん下がっているからだ。「貯蓄から投資へ」を促進すべく、とくに富裕層ではない大多数の人たちにも大きなメリットを与える金融所得課税、これが必要だと思う。

 本末転倒になりかねない金融所得増税。国が、国民をさらに不幸にすることなどあってはならない。投資の恩恵をあらゆる国民が享受できるような政策こそが今の日本には必要だ。

(DFR投資助言者 太田 忠)

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