日銀総裁が「円安はマイナス」と発言も下落に歯止めがかからない円相場
「大きな円安や急速な円安はマイナスが大きくなる」―。4月18日月曜日の衆議院決算行政監視委員会で、日銀の黒田東彦総裁がこう発言した。円安は「日本経済にプラス」と主張していた黒田氏が初めてそのマイナス面にも言及し、見解を事実上修正した。鈴木俊一財務大臣は最近の円安を「悪い円安」と繰り返し述べているが、その配慮なのだろうか?
黒田総裁は「最近の円安は1カ月で10円ほど進んでいて、かなり急速な為替の変動なので、企業の事業計画策定に困難を来す恐れがある」「中小企業などでは輸入価格上昇を転嫁できないと収益が減少する」「セクターごとにマイナスもあり注意して見ていく必要がある」。まさにその通りだと思う。
しかし、一連の口先介入はほとんど効果がなかった。18日の円相場は一時1ドル=126円台後半と20年ぶり安値を更新、さらに4月20日水曜日には1ドル=129円台半ばまで下落した。政府・日銀が急速な円安に懸念を示しても円安の勢いは止まらない。
世界のさまざまな通貨の中で独歩安の日本円。その理由とは?
3月以降、円はドルに対して14円も下落し、世界のさまざまな通貨で見ても独歩安だ。マネーの流れが急変した背景にあるのが世界的なインフレだ。ウクライナ危機が資源高に拍車をかけ、各国は金融引き締めを急いでいる。マネーは資源国や金利の高い国の通貨へと流れ、資源が乏しく低金利政策を続ける日本円は格好の売り対象だ。通常、このような有事を巻き込んだ局面では新興国の通貨が売られやすいが、トルコリラやブラジルレアルはむしろ大きく上昇するという現象が生じている。
円安加速の大きな要因が世界と日本との金利差拡大だ。米連邦準備理事会(FRB)は3月に政策金利を引き上げ、2年ぶりにゼロ金利政策を解除した。次回の米連邦公開市場委員会(FOMC)がある5月に0.5%の金利引き上げ、そしてそれ以降も金融引き締め加速が見込まれる。それらを織り込んだ結果、米国の長期金利は昨年末の1.5%から現在は2.8%台まで上昇した。
欧州でも欧州中央銀行(ECB)が金融緩和の正常化を急いでいる。ドイツの長期金利は昨年末は日本より低いマイナス0.1%台だったが足元では0.9%台まで上昇。一方、日本の長期金利は昨年末の0.07%から0.25%へと小幅に上がったに過ぎない。ちなみに、4月19日火曜日には米国の実質金利(長期金利から市場が織り込む将来の物価上昇率を差し引いた金利)は2年ぶりにマイナス圏から脱したことも注目される。
日銀は指し値オペを継続し、為替水準を無視してでも金利上昇を抑制する姿勢を鮮明に
金利上昇に取り残されている日本。日銀は世界的にも異例の長期金利をゼロに抑え込む政策を継続中である。長期金利の変動幅の上限を0.25%としており、上限に達すると無制限に国債を買い入れる「指し値オペ(公開市場操作)」で長期金利を抑え込む。その結果、ますます内外の金利差が広がり、外国為替市場における円安圧力につながっている。投機筋は円売りを加速させ、円の売越額はこの1カ月で前月の2倍近い1.3兆円まで膨らんだ。
冒頭に述べたように黒田総裁が口先介入で円安を牽制する発言をした2日後の20日水曜日に日銀が金利の上昇を抑え込むかどうかに世界の関心が集中した。なぜなら日本の長期金利が再び0.25%まで上昇したからだ。いわゆる日銀の「0.25%ルール」に該当し、これまでの政策通りなら国債を無制限に買う「指し値オペ」を実施する日だったからだ。皆さんも記憶に新しいと思うが、3月末はこの指し値オペをきっかけに円安が加速した。「その再来があるのか?」ということで注目されたわけだ。結局、日銀は指し値オペを実施した上に、翌日木曜日以降の「連続指し値オペ」も発表。為替水準を無視してでも金利上昇を抑制する姿勢を鮮明にした。
ドル円が130円を試すのは時間の問題。その次は135円台も視野に
「大きな円安や急速な円安はマイナスが大きくなる」と発言した黒田日銀だが、「大きな円安や急速な円安」を引き起こす政策を取っているのは、他ならぬ日銀そのものである。日銀というローカルな金融政策だからあまり目立たないのかもしれないが、もしFRBが「大きなドル安や急速なドル安はマイナスが大きくなる」と発言する一方で、「大きなドル安や急速なドル安」を引き起こす政策を取ったらどうなるだろうか? 世界中からその無能さを指摘され、袋叩きにあうことは必定だ。このような矛盾することをFRBは絶対にやらない。
心理的節目となる130円までは真空地帯で、試しにいくのは時間の問題だと思う。為替は20年前の水準にあるが、資源の輸入拡大など日本の経済構造は当時から大きく変わった。2022年は経常収支が赤字になりかねない状況で、1980年以来42年ぶりのことである。経常赤字になると日本に入ってくるお金より、モノを買うため海外に支払うお金が多い状態になる。海外にお金を支払うには自国通貨を外貨に替える必要があるため「円を売って外貨を買う」形になり円安圧力がかかりやすい。
130円を超えると次の節目は2002年につけた135円台だ。実は2002年当時、黒田氏は為替政策に責任を持つ財務官だった。当時は円高を阻止するための円売り介入による円安誘導で「日本を救う」局面での円安だった。
通貨下落は国力低下そのもの。円安誘導政策をマイナスと認め、軌道修正を図れ
第25回コラムでも円安問題について取り上げた。「円の総合的な実力を示す実質実効為替レートは約50年ぶりの低水準となる68.0まで低下」「これまで最も円の実力があった1995年頃のレートは1ドル150円台なのでそれに比べると半分以下」となった。この要因は「バブル崩壊以降の長引く景気停滞によって他国と比べて日本の賃金や物価が上がらなかったこと」「輸出競争力を重視して政府が円安につながる政策を押し進めたこと」が要因である。かつてとは経済構造も変わり、円安は日本の成長力底上げに寄与していない。「さらに言えば、2013年に始まった黒田日銀総裁による異次元金融緩和で円の価値は一段と下がってしまった」と述べた。
とにかく通貨の下落は国力低下そのものだ。黒田日銀はこれ以上の円安誘導政策をマイナスと認め、軌道修正を図るべきだと思う。2023年4月8日の任期まであと1年を切ったが、このまま1年間突っ走ると取り返しがつかないことになる可能性があると私は危惧している。
●太田 忠
DFR投資助言者。ジャーディン・フレミング証券(現JPモルガン証券)などでおもに中小型株のアナリストとして活躍。国内外で6年間にわたり、ランキングトップを維持した。プロが評価したトップオブトップのアナリスト&ファンドマネジャー。現在は、中小型株だけではなく、市場全体から割安株を見つけ出す、バリュー株ハンターとしてもメルマガ配信などで活躍。
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