長期金利が1.0%を回復。背景には日銀金融政策の一段の修正観測がある
国内長期金利は11年ぶりに1.000%を回復―。
5月22日の債券市場。長期金利が前日より0.020%上昇して1.000%に乗せた。2013年5月以来11年ぶりの高水準だ。3月末の時点で0.735%の水準にあったが、4月に入り急速に上昇して4月30日には0.869%、そして5月22日に1.000%へと駆け上がった。背景には日銀が一段と金融政策の修正に動くという市場観測がある。
3月の金融政策決定会合で、マイナス金利解除、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の撤廃、ETF・REITの新規買い入れ終了という3点セットを決定した。「国債買い入れは従来通り継続」だったが、5月13日には国債買い入れオペ(公開市場操作)において、5年超10年以下の国債の買い入れ額を従来の4750億円から4250億円に500億円減額するというサプライズがあった。金融正常化に向けて一段と歩みを進めているとの印象を受ける。次回の6月の金融政策決定会合において、国債の買い入れ額を減額すると私は見ている。
「異次元緩和」により、2016年には長期金利は異例のマイナス圏に突入
思い返せば、日銀が国債を大量に買う「異次元緩和」で長期金利は長い間ゼロ%台やマイナス圏に抑え込まれてきた。2013年3月に日銀総裁に黒田東彦氏が就任すると、市場に大量のマネーを供給する異次元緩和政策をスタート。国債を年間50兆円も買い入れる決定をし、長期金利を一気に押し下げた。2014年10月には国債の買い入れペースを年80兆円に増やす追加緩和を実施。さらに2016年1月に短期金利をマイナスに引き下げる「マイナス金利政策」の導入を決めると、同年2月には長期金利は初めてマイナス圏に突入。同年7月には過去最低となるマイナス0.300%を付けた。
これほど長期金利が下がると、当然ながら金融機関や年金基金の運用環境は悪化する。その悪影響を打開するため、日銀は2016年9月に長期金利を直接誘導するYCCを導入した。YCCはかつて米国が第2次世界大戦を挟む1942年から1951年にかけての非常時に実施したことがあるが、異例中の異例の金融政策である。2023年4月に日銀総裁を引き継いだ植田和男氏が就任約1年後にYCC撤廃とマイナス金利解除に漕ぎつけたが、ようやく長期金利が1%に到達したことで「金利ある世界」が現実のものとなってきた。長い長い道のりだったと思う。
次なる政策変更の焦点は「追加利上げ」。7月会合で0.25%引き上げか
次に焦点となるのが「追加利上げ」である。これは絶対に必要だ。なぜなら、日本はもはやデフレ経済から脱却して、インフレ経済に移行しているからだ。デフレ経済下では景気が低迷しモノやサービスの価格が下落するため、そのカンフル剤として金融緩和政策によるテコ入れが必要だが、インフレ経済で金融緩和策を続けることは「火に油を注ぐ」ようなものであり、インフレを加速させる逆効果になってしまう。要するに金融緩和は劇薬である。マイナス金利が解除されたとはいえ、世界の主要国から見れば今の日本は恐ろしいまでの金融緩和策を継続している。さらなる是正が必要である。
「次回6月の金融政策決定会合において国債の買い入れ額を減額する」と私は述べたが、更に言わせていただくと、早ければ7月の金融政策決定会合で0.25%の政策金利の引上げを行い、そして、来春までに追加で0.25%の利上げを行うと予想している。それでもまだ実体経済にとって適正な政策金利である「中立金利」からは遠く、日銀が中央銀行としての役割を十分に果たしているとは言い難い。
日米の金融政策転換で円高に反転する時期が到来。先を読み戦略を練る
ところで、為替市場においてドル円が物凄い投機を伴って昭和の日の4月29日に一時160円を付けたことはセンセーショナルだった。1990年4月以来となる34年ぶりの160円台。しかも火付け役が日銀の植田総裁だったことだ。4月26日の金融政策決定会合を受けての記者会見の席上で衝撃発言が飛び出した。「現状の円安なら物価への影響は無視できるのか?」とのメディアからの問いに対して植田総裁が「はい」とあっさり返事をしたことから円安容認の姿勢が鮮明に示された。政府側はすぐさま為替介入に入り、財務省財務官である神田真人氏の指示によって2度の「ドル売り・円買い」がなされたが、あの発言は相当問題視されているはずだ。
日銀は為替レートそのものを金融政策の目標にはしないが、経済の安定を損ねかねない円安への警戒を強めていると思う。為替の安定に向けて政府との連携を強化する姿勢も示していくのではないだろうか。「日銀は今後利上げを実施し、米連邦準備理事会(FRB)は今後利下げを実施する―」。このストーリーは揺るがない。日米の金融政策が逆方向に修正されていけば、足元で157円台と為替介入後においてもジリジリ進行している円安・ドル高から円高・ドル安に反転することが予想される。目先の投機的な動きではなく、3カ月後あるいは半年後を読みながら投資戦略を立てることがマーケット参加者にとっては大事である。
金利上昇は家計にとってはプラス効果をもたらす。3月にマイナス金利政策が解除された際、大手銀行や地方銀行は普通預金と定期預金の金利を引き上げた。金利の上昇傾向が続けば、銀行は金利の再引き上げを検討する可能性がある。一方、家計にマイナス影響が及ぶ代表格が住宅ローンだ。大手銀行は5月にそろって10年固定型の金利を引き上げたが、今後固定型の金利が一段と高くなる可能性がある。住宅ローンで約7割を占める変動型については今のところ金利は据え置かれているが、日銀が追加利上げを実施すれば短期プライムレートも上がる可能性があり、変動型金利にも影響が出るだろう。個人ベースの現預金は1000兆円、一方で住宅ローンのような借り入れは400兆円に満たないのが日本の姿だ。
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●太田 忠 DFR投資助言者。ジャーディン・フレミング証券(現JPモルガン証券)などでおもに中小型株のアナリストとして活躍。国内外で6年間にわたり、ランキングトップを維持した。現在は、中小型株だけではなく、市場全体から割安株を見つけ出す、バリュー株ハンターとしてもDFRへのレポート提供によるメルマガ配信などで活躍。
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