米大統領選挙は事前の接戦予報をあっさりと覆してトランプ氏が圧勝
11月5日に投開票された米大統領選挙。事前の世論調査では「ハリス候補、トランプ候補両者の支持率が歴史的に大接戦」との報道がなされ、選挙結果の判明には時間がかかるというコンセンサスが出来上がりつつあった。決着がもつれて2025年1月20日の次期大統領就任まで波乱が起きる可能性まで指摘されていた。
ところが、である。日本時間の水曜日午前中に開票が始まると早くも「トランプ優勢」の報道が流れ、開票が進むにつれてトランプ氏の勝勢が揺るぎないものになった。スイング・ステート(swing state:揺れる州)と呼ばれるどちらが勝ってもおかしくない激戦州とされていた7つの州においてもトランプ氏が次々と勝利を決めて、開票当日に勝利が確定した。どうしてこのようなあっけない結果が出てきたのか? 前回のコラム『いよいよ米大統領選挙、想定されるマーケットシナリオとは?』で私は次のように指摘していた。
世論調査は当てにならず。トランプトレード進行していた市場に先見の明
「世論調査が“世論”を正確に反映していないのだ。2016年の大統領選では、直前までヒラリー・クリントン氏が当選するとほとんどの世論調査が示していたが、蓋を開けたらトランプ氏勝利となった。2020年の大統領選でも、投票日直前の最後の調査でバイデン氏がトランプ氏を大差でリードしていたが、実際にはわずかの得票差だった。その要因は、一部のトランプ支持者が世論調査で自分の投票予定を正直に話さないことが多く、トランプ人気が過小評価されていたためである。今回もそのような思惑が働いている」と。
実際に選挙前の時点において、マーケットの世界では「もしトラ」シナリオが優勢でトランプ氏が勝利するとの前提でドル高と米金利上昇を狙う「トランプ・トレード」が行われていたし、選挙結果を予想する合法的な賭けサイトでもトランプ氏が優勢だった。要するに、世論調査よりも先見の明があったということである。再選に敗れて大統領に返り咲くのは132年ぶりのことだそうだ。そういう意味においても極めて歴史的選挙であったと言える。
トランプ陣営が勝利した最大の要因は、バイデン政権下でコロナ禍後のインフレ封じ込めが後手に回ったことで急速な物価上昇を招き、米国民の暮らしぶりが悪化したことが背景にある。「この4年間、皆さんの生活は良くなりましたか?」と遊説先でトランプ氏は問いかけてきたが、もちろん答えは「No」だ。だから、米国第一主義、米国民第一主義を貫く姿勢を示す彼に1票を投じる有権者が多かった。「ハリスが大統領では、今の生活の延長線上で苦しまなければならない。それなら政権をチェンジしよう」という結果となった。
トランプ氏が大統領選公約で掲げた5つの主要政策を徹底解説
ここでトランプ氏の大統領選公約を見てみよう。保護主義や財政拡張的な政策が掲げられ、大型減税など景気刺激策が主体である。次の5点が柱となる。
① 全輸入品に10%の一律関税、中国製品には60%の関税
② 2017年成立のトランプ減税(個人所得税と基礎控除)の恒久化
③ 21%の法人税率を15%に引き下げ(国内生産の企業対象)
④ 不法移民1100万人の強制送還
⑤ ドル高の是正
日本にとって一番影響が出るのは①だ。トランプ氏は日本製も含めたすべての輸入品に10%の一律関税をかけると主張している。トランプ前政権の米中貿易戦争時代から高関税を課してきた中国製品も60%に引き上げる。狙いはもちろん、米国の製造業を安価な輸入品から守るのが目的だ。特に7つの激戦州のうちミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの3つの州は製造業が集積するラストベルト(さびた工業地帯)であり、非常に多くの支持を得た。
実際に公約通りにこの政策が行われるどうかは不透明である。もし公約通り実行すれば国際的な貿易摩擦を引き起こし、トータルで見た場合に米国にとって逆効果を招きかねない。一部の製品を対象に時限的に関税を発動するやり方になるのでは、と個人的に見ている。なお、関税は輸出側ではなく輸入業者が支払うため、米国内での販売価格に転嫁される公算が大きい。これは物価上昇率を押し上げることになりインフレの要因となる。
②は2025年末に期限が切れる個人所得減税の恒久化だ。2017年に所得税の最高税率は39.6%から37%に引き下げられ、相続税や贈与税の基礎控除もほぼ倍増した。③の法人税の引き下げに関しては、トランプ前政権で35%から21%に下げたが一段の引き下げを狙っている。共和党は伝統的に減税と歳出削減によって「小さな政府」を目指す理念がある。
上下院も共和党が過半数を握る可能性。政策実行力が高まり市場に追い風
④の不法移民1100万人の強制送還はかなり本気で取り組みそうな政策であり、トランプ氏は大量に流入した移民に対して「米国史上最大の国外追放作戦」を掲げている。バイデン政権時に急増した不法移民の流入に不満を持つ米国民は多く、治安の悪化など悪影響を食い止めるのが狙いだ。トランプ前政権の4年間では150万人が強制送還された。当初は300万人を送り返すと主張したが、目標の半分に留まった。
⑤についてトランプ氏は「ドル高・円安は大惨事だ」と主張。前政権時は米連邦準備理事会(FRB)に利下げを迫る発言を繰り返してきた。今の金融政策は利下げが始まったばかりであり、トランプ氏の意向と金融政策は合致していると思う。
以上がポイントとなる。上下院選挙においても共和党がともに過半数を握る可能性が出ており「トリプルレッド」が実現しそうだ。これはトランプ氏の思惑が議会で通りやすくなることを意味しており、すでに米国市場は主要3指数が揃って最高値を更新。「現在は上院が民主党、下院は共和党が多数派を占める“ねじれ”状態であるが、トランプ氏勝利で上下院ともに共和党になれば、株式市場に強い追い風が吹きそうだ」と前回のコラムで述べたが、そのシナリオ通りの展開となっている。
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●太田 忠 DFR投資助言者。ジャーディン・フレミング証券(現JPモルガン証券)などでおもに中小型株のアナリストとして活躍。国内外で6年間にわたり、ランキングトップを維持した。現在は、中小型株だけではなく、市場全体から割安株を見つけ出す、バリュー株ハンターとしてもDFRへのレポート提供によるメルマガ配信などで活躍。
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