超低金利政策を終了し、金利正常化へ舵を切った日銀。しかし、その道には地雷が埋まっている
日本銀行(日銀)はゼロ金利、さらにはマイナス金利という“実験”を長年に渡って行ってきましたが、2024年からその実験を終わらせる方向へ動き始めました。
その判断自体は理解できます。物価の安定、円の安定、正常な金融政策への回帰。そういったものをめざす動きでしょう。
しかし、その道には地雷が埋まっています。それは日本の住宅ローン市場が持つ構造的脆弱性です。そして今、外からの圧力がその地雷を踏ませようとしているのです。
アメリカでは金利が6%を超えていようとも30年固定の住宅ローンが標準。日本の住宅ローンはその正反対で約8割が変動金利型
重要なのは、日本の金利正常化は一時的な現象ではないという点です。
日本の金利正常化は、数ヵ月で完結する出来事ではなく、数年から十年単位で進行する構造的な転換です。
バブル崩壊後の1990年代から、30年以上という長きに渡って続いた超低金利という異常な状態が終わりを迎えつつあるのです。その巻き戻しが短期間で終わると考えるのは楽観的過ぎるでしょう。
日本の住宅ローンの約8割は変動金利型です。固定金利が主流のアメリカとは根本的に異なります。
アメリカでは30年固定の住宅ローンが標準であり、金利が6%を超えていようとも、借り手は30年間、金利変動リスクをゼロにした家計を組もうとします。金利変動のリスクは銀行が引き受け、借り手は確実性を手に入れるのです。
日本はその正反対です。変動金利型の住宅ローンを選んだ借り手は、金利変動リスクをほぼ丸ごと自分で抱えています。
長年の超低金利時代、それは合理的な選択でした。変動金利は実質0.2~0.5%程度で推移し、固定金利との差は歴然としていました。
しかし今、その前提が崩れ始めています。
日本の金利上昇は短期的なものではない。その理由は日本の外にある
日銀は2025年末に政策金利を0.75%まで引き上げました。この金利は絶対的水準として高いとは言えないものの、日本は長らく超低金利政策をとってきたため、これは日本の政策金利としては実に30年ぶりの高水準ということになります。
日本の政策金利の推移 出所:TradingView
そして、10年物国債利回りはすでに2.3%程度まで達しており、2022年以降、一方向の上昇トレンドを描き続けています。これは短期的な振れではありません。方向性が変わったのです。
日本の10年物国債利回りの推移 出所:TradingView
なぜ、今後も日本の金利には上昇圧力がかかり続けるのでしょうか? その答えは日本の外にあります。
中東での戦争が長引き、原油価格が高止まりしています。米国では輸入インフレが再燃しており、FRB(米連邦準備制度理事会)は利下げどころか、再び利上げに踏み切る可能性すら視野に入ってきました。
ここで重要なのが、日米金利差と米ドル/円相場との関係です。
米金利が高止まりすれば、投資家はより高い利回りを求めて米ドルを買い、円を売ります。そうすると、円安が進み、輸入コストが上昇、日本ではインフレが再燃します。すると、日銀はそれを抑えるためにさらなる利上げを迫られます。
米ドル/円相場は日米金融政策の結節点であり、米国の金利動向は太平洋を越えて日本の家計に直接届くのです。しかも、この構図は地政学的緊張が続く限り、簡単には解消されません。
日本の住宅ローンでは「5年ルール」と「125%ルール」が短期的な衝撃をやわらげてくれるが…
では、日本の住宅ローンの借り手は足元で何を感じているでしょうか。
短期的な衝撃をやわらげるのは「5年ルール」と「125%ルール」です。これらは住宅ローンを提供する日本の多くの金融機関で採用されています。
住宅ローン金利が上がっても毎月の返済額は5年間据え置かれます。これが「5年ルール」であり、借り手は当面の家計の混乱を回避できます。
しかしその間、返済額に占める利息の割合は増え、元本の減り方が遅くなります。
5年後のリセット時、返済額はその時の住宅ローン金利の状況に合わせて引き上げられますが、その上限は以前の返済額の125%までという制約がついています。こちらが「125%ルール」です。
「5年ルール」と「125%ルール」があっても、水面下では負担が静かに積み上がっている
問題は時間差にあります。
「5年ルール」があるため、金利上昇の痛みが日本の家計に本格的に届くのは数年後。その間に借り手は「まだ大丈夫」と感じ続けるかもしれません。
けれど水面下では負担が静かに積み上がっているのです。そして、日本の金利正常化が長期的なトレンドである以上、5年ルールのバッファが切れたあとも次の5年、またその次の5年と、リセットのたびに返済額は新しい金利水準を反映し続けます。一度の調整で終わる話ではないのです。
[参考記事]
●バブル期には住宅ローン金利が8%以上に! 低金利長期化で日本人の多くが金利上昇リスクを忘れている。日本の金利が本格上昇するとローン破綻急増の恐れ
日本の消費者がそれに気づいたとき、財布のヒモは締まるでしょう。内需依存度の高い日本経済において、個人消費の冷え込みは経済を直撃します。これもまた、単年度の現象ではなく、日本経済が10年単位で向き合う慢性的な逆風になり得るものです。
フラット35への申請者数は前年同期比50%増。住宅ローンは固定金利型への借り換えを真剣に検討すべき時期が来ている
だからこそ今、住宅ローンは固定金利型への借り換えを真剣に検討すべき時期が来ていると言えるでしょう。
日本の住宅ローンの10年固定金利は、現在おおむね2~3%程度、フラット35なら1.9%前後で借りることも可能です。6%超というアメリカの30年固定ローンと比べれば、依然として圧倒的に低い金利です。
変動金利、フラット35の長期推移(大手銀) 出所:ダイヤモンド不動産研究所
しかし、日本の10年物国債利回りが2.3%程度に達した今、この窓は閉じつつあります。住宅ローンの固定金利は日本国債の利回りに遅れて連動するからです。
直近のフラット35への申請者数は前年同期比50%増という事実が示す通り、賢明な借り手はすでに動き始めています。
変動金利の上昇がもしも緩やかなものにとどまれば、固定金利型へ借り換えた方がトータルコストが高くなる可能性はあるが、それは保険料のようなもの
固定金利型への借り換えはコストを伴います。変動金利の上昇がもしも緩やかなものにとどまれば、固定金利型へ借り換えた方が、結果的にトータルコストが余計にかかる可能性もあるでしょう。
しかし、それは保険料のようなものです。そして、保険の本質は最悪のシナリオを回避することにあります。
日銀が直面しているのは古典的な三重苦
2022年から2023年にかけて、アメリカでは政策金利がゼロから5%超まで約1年半という短い期間に駆け上がりました。
アメリカの政策金利の推移 出所:TradingView
日銀はFRBほど急激には動かないとしても、金利上昇という方向性は当時のアメリカと同じです。そして、その方向性は長期に渡って持続する可能性が高いと思います。
日銀が直面しているのは古典的な三重苦です。
政策金利を上げれば、住宅ローン金利などが家計を圧迫し、内需が萎みます。逆に政策金利を上げなければ円安が続き、輸入インフレが再燃します。
そのどちらでも、庶民の生活コストは結局、押し上げられることになります。そして「やり過ぎたかどうか」がわかるのは、常に手遅れになってからです。この難題は来年解決するものではありません。植田総裁の後継者もまた、同じ綱渡りを続けることになるでしょう。
日本の金利正常化は短距離走ではなく、マラソン。投資家として注目すべきはそれが内需関連セクターへ及ぼす影響だ
投資家として注目すべきは内需関連セクターの変化です。
小売り、外食、住宅関連の業績は、金利上昇が消費に波及し始めるタイミングで下押し圧力を受けます。
その一方、金利上昇によって、地方銀行など金融セクターは利ざやが改善し、追い風を受けます。この構図もまた、数年単位で続く投資テーマです。
過去10年の日本では、もしも金利が多少上がったとしても、「金利はいつかまた下がる」と直感的に思ったことでしょう。しかし、日本の10年物国債利回りが2.3%程度に達し、アメリカでの利上げ再燃リスクが現実味を帯びた今、その直感は通用しません。
日本の金利正常化は短距離走ではなく、マラソンです。日銀の綱渡りの行方を注意深く見守ることが、日本株投資においても、個人の住宅ローン戦略においても、今後長期に渡って最も重要な視点であり続けるでしょう。
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガ「米国株&世界の株に投資しよう!」を配信中。著書『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』発売中。
※メルマガ「ポール・サイの米国株&世界の株に投資しよう!」募集中! 米国株&世界の株の分析が毎週届き、珠玉のポートフォリオの提示も! 登録から10日以内の解約無料。
























