日本人だから日本株へ投資するという考え方ではなく、ニュートラルな視点から世界全体を俯瞰し、ポートフォリオは構築するべき
この11月に『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』(ダイヤモンド社)という初の著書を出版した元フィデリティ投信のポール・サイ氏。
ポール・サイストラテジスト。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。フィデリティ投信で株式アナリスト、中国株調査部長、日本株調査部長を歴任。2017年に独立し、42歳でFIRE達成。現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用しながら、メルマガなどで個人投資家への助言を行う。台湾系アメリカ人で、中国語、英語、日本語に堪能。2025年11月に初の著書『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』(ダイヤモンド社)を出版した
前回の記事で紹介したように、ポール氏の基本スタンスは「米国株を中心とした世界株への分散投資」ということになるのだが、我々日本人にとって、もっとも身近な存在は日本株。そして、その日本株も世界株の一部ではあるはずだ。
そんな日本株について、ポール氏はどうみているのか。
「日本にいるから日本株へ投資する、日本人だから日本株へ投資するという考え方はどうかと思います。日本人だからということではなく、もっとニュートラルな視点から世界全体を俯瞰し、ポートフォリオを構築していった方がいいでしょう」
日本人にとって身近な存在だからといって、日本人が日本株を中心にポートフォリオを構築することはポール氏おすすめのやり方ではないようだ。
この数年間、日本株のパフォーマンスは悪くないが、好調なのはシクリカルな銘柄で、これらは長期投資向きではない
2025年10月、事前にはあまり予想されていなかったことだが、日本では高市早苗氏が自民党総裁選に勝利し、さらに内閣総理大臣の座に着いた。そして、その過程で高市新政権への政策期待などから、日経平均はかなり大きく上昇してきた。いわゆる“高市トレード”である。
このような状況下でも、ポール氏は“日本株推し”とはならないのだろうか?
「日本経済はデフレからインフレに変わってきました。それが日本株を押し上げている面はあるでしょう。この数年間、実は日本株のパフォーマンスは悪くないんです。
ただ、そこをもう少し深掘りして、2025年の日本株のセクター別パフォーマンスを見てみると、ナンバーワンは金属で、あとは機械、商社、エネルギー、銀行、不動産などが続きます。これらはあまりイノベーションのあるセクターではありません。シクリカルな銘柄、つまり、循環的な景気変動に左右されやすい銘柄が多いのです」
ポール氏は株式の長期投資を推奨しており、さらに長期投資に向いている代表的な存在はテクノロジー企業だと、今回発売された書籍『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』の中で述べている。
テクノロジー企業であれば何でもいいわけではないが、その中には高い収益性と成長性を兼ね備え、景気循環の波をあまり受けないで、着実な成長が期待できる企業がある。そのような企業こそが長期投資には一番向いているとポール氏は考えているのだ。
実際、米国株の2025年のセクター別パフォーマンスはテクノロジー企業がトップだという。一方、日本のテクノロジー企業は全セクターの真ん中ぐらいの成績とのことで、この全体的な日本株高の中でも際立ったパフォーマンスは上げていない。
このようなことからも、ポール氏が標榜する長期投資という観点からは、日本株はあまりおすすめとは言えないようだ。
ポール氏は長期投資の観点からは日本株はあまりおすすめできないという
東証の「PBR1倍割れ改善要請」によっても、日本企業は本格的には変わらない
それでも…。高市政権の政策による日本株高には期待できないものだろうか? あえて、さらにポール氏に質問をぶつけてみると、氏はこう答えた。
「私はそもそも1人の政治家が株価にそれほど大きく影響するとは考えていません。ただ、高市政権は財政拡張的な政策をとるでしょうから、それは中期的には日本株に好影響を与えるでしょう。
ただ、長期的な視点で見ると、日本には問題があります。日本の政府債務は対GDP比で非常に高い水準です。このような状況で財政出動をずっと続けていくことができるでしょうか。
また、長期的には人口動態の問題も大きいです。日本は人口が減少している国であり、それは長期的に見て株式にいいことではありません。
そして、日本企業にはコーポレートガバナンスが不十分な企業が多いです。これは長期投資に限らず、投資家にとって好ましいことではないのです。
すべての日本企業、すべての日本株が悪いというわけではなく、個別にはいい日本企業もあるのですが…」
ここまで日本株について、ポール氏のコメントをお伝えしてきたが、ポール氏の書籍『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』の中では、日本企業の問題点についてさらに詳しく解説されている。日本企業の問題点をよく理解することで、それと比較した米国企業の良い面が浮き彫りになってくるという趣旨だ。
ちなみに、ポール氏は東証の「PBR1倍割れ改善要請」によっても、日本企業は本格的には変わらないとみている。果たして、その理由とは?……詳しくはポール氏の書籍で!
書籍『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』の「投資の知識を深めるコラム2 日本企業は本格的には変わらない!?」)
ポール氏は日本株については辛口の評価だが、暮らしやすさでは日本を高く評価
ポール氏は台湾で生まれ、ポール氏が小学生の時、一家でアメリカに移住した台湾系アメリカ人だ。
アメリカで育ち、学び、最初に就職したのはアメリカだったが、その間、日常的に使う中国語と英語以外に、日本語を自ら学び、東京大学へ留学したり、のちには日本にあるフランス系戦略コンサルティング・ファームで働き、さらには日本のフィデリティ投信で運用関連の業務に携わった。
ポール氏の書籍では、このように世界を駆け巡ってきたポール氏の半生、そしてFIREに至った過程についても描かれている。
そんな台湾系アメリカ人のポール氏だが、ポール氏と日本の関わりは結構深い。ポール氏が日本に住んでいた時期を通算すると15年ほどにもなるという。FIRE後のポール氏はアメリカに住んでいるが、保有している不動産がアメリカだけでなく日本にもあり、今も日本を時々訪れている。
そんな日本をよく知るポール氏が実感を持って語るのは「日本は住みやすい」ということだ。日本株については辛口のポール氏だが、暮らしやすさでは日本を高く評価しているのである。
「日本はやっぱり安全だと感じます。サービスもいいですし、食べ物もおいしい。医療も充実していると思います。
先日、日本に来たのですが、まだ着いたばかりの時、焼き肉屋さんに行ったんですね。そうしたら、ちょっと時差ボケで、どうもテーブルに現金2万円を忘れてきてしまったようなんです。すると、焼き肉屋さんから電話がかかってきて、最終的に2万円は戻ってきました。アメリカではこんなことはあり得ません。そもそもアメリカだとチップだと思われてしまいそうですが…。
以前、私が日本で働いていた頃も、羽田空港で台車にiPadを忘れてしまったことがあったんです。それも空港のスタッフが調べてくれて、電話してもらって、結局、iPadは戻ってきました。そんなことが2回ほどあったのですが、iPadは2回とも戻ってきたんです」
日本に通算15年住んだことのあるポール氏は、日本の暮らしやすさを実感している
このように日本の良さを語ってくれたポール氏だが、アメリカはやはり日本とは対照的な社会のようだ。次にポール氏は最近、アメリカで遭遇したこんな経験を語ってくれた。
銃社会のアメリカでは銃で撃たれる可能性は常にあると考えて、ある程度の警戒感が必要
「私はシアトル都市圏に住んでいて、自宅付近は治安がいい場所なんですが、先日、シアトルの役所まで書類を取りに行ったんです。そこは少し治安の悪く、ホームレスが多い場所です。
私が歩いていて、ホームレスっぽい人とすれ違った時、ちょっと目が合ったんですね。そうしたら、いきなり怒鳴ってきて、ビックリしました。その様子から、麻薬中毒者だったのかも…と思いました。
また、アメリカは銃社会ですから、銃で撃たれる可能性は常にあると考えて、ある程度の警戒感が必要です。先ほど話した件はたまたまちょっと歩くことになってしまったのですが、本当は治安の悪そうなところはなるべく歩かず、極力、車で移動するようにしています」
このようにアメリカで自らが直接肌で感じた治安状況を話してくれた上で、ポール氏は日本社会とアメリカ社会をこんなふうに比較する。
「アメリカは貧富の差が大きいです。アメリカの社会はすごくコロコロ変わっていって、そのせいで失業する人も多いし、社会にいろいろな問題がたくさん発生します。その一方、アメリカには最先端の巨大テクノロジー企業が存在し、経済は成長しているのです。
けれど、日本という国はアメリカのような問題を発生させたくないようで、社会をある程度、安定させようとしていると感じます。アメリカと比べたら、日本の貧富の差はかなり小さい。その代わり、経済は成長しにくいのです。
『社会の問題』は『経済成長』の反対側に出てくる面があると私は思っています」
「低コストで穏やかに暮らしやすい日本に住みながら、成長力のある米国株へ投資する」という日本人にとっての黄金の方程式
以上のようなポール氏の指摘から、日本人にとっての黄金の方程式が導かれる。
それはポール氏の書籍でも書かれていることだが、
「低コストで穏やかに暮らしやすい日本に住みながら、成長力のある米国株へ投資する」(P245)
というものだ。
そして、ポール氏はこのことから、書籍の中で「日本人投資家はそもそも有利な立場にいるのではないか」(P245)と述べているのである。
出所:書籍『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』の「Epilogue アナタでもできる! 人生を楽しむ方法 ─一生使えるお金の考え方─」)
そして、アメリカなどと比べれば、日本は基本的な貧富の差がかなり小さいのだから、差がつきやすいのは投資しているかどうか、ということになりそうだ。
このように考えを進めてくると、ポール氏が前回の記事冒頭で一見、さりげなく言っていたようにも思えた
「やっぱり投資した方がいいってことですね」
という言葉の重みが一層増してくるとは言えないだろうか。
FIREには節約と投資の両方が必要で、日本人は節約が得意なのだから、FIREへの道の前段階までは日本人も到達している。あとは投資するだけだ!
FIREを目指すなら、節約と投資の両方が必要だ。これは一般的にもよく言われることだし、ポール氏自身も節約と投資の両輪を回転させ、FIREに至っている。そして、日本人は節約が得意だと言われる。
ポール氏はフィデリティ投信に入社し、収入が大きく増えたあともぜいたくはせず、節約を続け、余った資金を投資に回すことで早期にFIREすることができた。これは日本で生活していた期間があったことで、その間に日本人的な節約精神が身についた面があったのかもしれない、とポール氏は振り返っている。
今のポール氏からは想像できないが、ポール氏が20代後半の時期には「年収300万円時代」という言葉を前面に押し出し、節約のことなども書かれた本を日本で読んでいたこともあったそうだ。
FIREには節約と投資の両方が必要で、日本人は節約が得意なのだから、FIREへの道の前段階までは日本人も到達していると言える。あとは投資をすることだ。
アメリカには401(k)という確定拠出型の年金制度があり、税制が優遇されている。これは日本の企業型DC(確定拠出年金)に相当するものだ。というより、日本の確定拠出年金が大きく先行して導入されていたアメリカの401(k)を参考にして作られたものである。
フィデリティ・インベストメンツは同社が受託している2023年末の401(k)口座で、資産残高が100万ドル(2023年末の為替レートで約1億4500万円)以上の人が42.2万に上ると明らかにしている。これは同社の受託者数の約2%に当たるとのこと。
フィデリティだけでもこれだけのミリオネアがいるわけだが、401(k)の受託会社は他にもあるわけだし、アメリカにはかなり膨大な数のミリオネアが存在することが想定できる。
ポール氏はこのフィデリティの調査結果を受け、「特別でない人でも資産形成に成功している人がたくさんいる」ことを強調する。ポール氏の周りにもそのような人たちがいることは前回の記事で触れた通りだが、このことはフィデリティの行った調査結果からも裏付けられているということだ。
しかし、アメリカ人に比べ、日本人はあまり投資していないと言われる。各種調査によると、金融資産の中で株式・投資信託の占める割合はアメリカでは50%程度、日本は20%弱。どうもこのことも、ポール氏を歯がゆくさせている面があるようだ。日本人はもっと投資した方がいいというのである。
日本人はもっと投資した方がいいというポール氏。そして、暮らしやすい日本に住みながら、成長力のある米国株へ投資することをすすめる
そして、『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』を書き上げたポール氏は読者へこうメッセージを送るのだ。
「この本では、読者のみなさんに投資について新しい視点を提供できれば…と思っています。そして、この本を参考にしてもらって、日本のみなさんに投資で着実にお金を、富を増やしてほしいと心から思っています」
(取材・文/井口稔 撮影/中野和志)
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガ「米国株&世界の株に投資しよう!」を配信中。
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