【52】1964年
「偉大なる村」とやゆされた
東京五輪前の道路事情
東京オリンピックを10月に控えた1964年1月1日号の新年特別号に、「オリンピック道路づくりは最高潮」という6ページの記事がある。
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日本を訪れる外国人のだれもがおそろしく道路の悪い国といい、日本人自体も、外国と比較し、それを十分認めている。
なかでも、日本を代表する首都・東京の道路の狭さ、悪さは、話のほかである。
東京という都市は、急激に、かつ無秩序に膨張してきた。その結果、現在の東京の道路交通状態は混乱の一語に尽きている。
都市の道路の普及度を表すものに、道路率というのがある。これは、都市の土地面積に対する道路の総面積の比率をいう。
現在、世界の大都市の道路率は次のようになっている。
東京(区部)……10%
ワシントン……43%
ニューヨーク……35%
ロンドン……23%
パリ……26%
ベルリン……26%
ウィーン……35%
ボストン……25%
これをみると、いかに東京の道路が少ないかがはっきりわかる。
東京が都市としての機能を十分に果たすためには、どうしても、道路率を最小限20%台にしなくてはならないといわれている。
そのうえ、東京の道路幅は、狭いものがすこぶる多い。7.5メートル以上の幅を持つ道路は全体(東京区部道路の総延長)の19%にすぎず、4.5メートル以下の幅の道路が、全体の約半分――44%を占めている。
舗装状態もきわめておそまつ。一応、舗装が完備しているといえる道路は、全体の20%、簡易舗装が58%、いまだに砂利道が22%もある。先進国の大都市の舗装状態は、90%台にあるというから、いかに遅れているかがわかる。そこで、“現在の東京は都市ではない。偉大なる(?)村である”と極言する人さえ出てきている』
記事によると、東京はこれまでに思い切った都市改革、道路改革を実行できるチャンスを2回逃しているという。震災と戦災だ。