イーロン・マスク氏が率いるスペースX(ティッカー:SPCX)(※)が、ついに株式市場に上場しました。
公開価格は1株135ドル。上場前から期待は過熱し、取引開始とともに株価は跳ね上がりました。人類を火星へ送るという壮大な夢を掲げる企業の上場ですから、世界中の投資家が熱狂するのも無理はありません。
しかし、熱狂のときこそ、一歩下がって数字を見る必要があります。
(※編集部注:「スペースX」の正式名称は、スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ・コーポレーション)
スペースX公式サイト
PSRで見ると、スペースXの株価は市場平均のおよそ30倍の水準。そこにはいったい何が織り込まれているのか?
スペースXの上場時の時価総額は、およそ1兆7700億ドル。これは売上高の実に93.6倍に相当します。この「PSR(株価売上高倍率)」がどれほど異常な水準か、他社などと比較してみましょう。
PSRは同じマスク氏のテスラでさえ16.6倍、メタは約9倍です。そして、S&P500全体の平均では3.4倍程度にすぎません。つまりスペースXは、市場平均のおよそ30倍の値付けをされているのです。文字どおり、桁が違います。
[参考記事]
●テスラの株価はどんなときに動くのか? 長期チャート&ファンダメンタルズ分析で株価の動きを分析する方法を公開!
●ネットフリックス(NFLX)やメタ(META)を総悲観の中で果敢に買いに出られたワケとは? S&P500に28%もの差をつけたヒミツに迫る!
このスペースXの株価には、いったい何が織り込まれているのでしょうか。
答えは「夢」です。
スターリンクによる通信網の世界制覇、宇宙輸送のコスト革命、そして火星移住。それらがすべて、しかもほぼ完璧に実現することを前提に、現在の株価は形成されています。言い換えれば、10年先、20年先の成功を、今この瞬間に前払いで買っているようなものです。
スペースX公式サイト
長期投資家の「投資」の目線では93.6倍のPSRを正当化するのは困難だが、激しい値動きは「投機」を行うトレーダーには利益の源泉になり得る
さらに今回の上場には、いくつか気になる点があります。
1つは、個人投資家への配分が異例なほど大きいこと。もう1つは、中間選挙を前に、自分たちに友好的な政権が力を持っているうちにと、上場を急いだように見えることです。これらは、企業の実力そのものとは別の力学が株価を動かしていることを示唆しています。
ここで、私がいつも述べている区別が重要になります。「投資」と「投機」は、まったく別の行為だということです。
投資とは、企業の生み出す価値を見極め、その価値が長期的に育つことに賭ける行為です。一方の投機は、企業の価値そのものよりも、他人がいくらで買ってくれるか、市場の心理がどちらに傾くかを読む行為です。
どちらが優れている、という話ではありません。ルールが違うゲームなのです。問題は、自分がどちらのゲームをやっているのかを自覚しているかどうかにあります。
ファンダメンタルズを重視する長期投資家の目から見れば、売上の93.6倍という時価総額を正当化するのは、正直言って極めて困難なことです。どれほど偉大な企業であっても、一切の失敗なく、これだけの期待を満たし続けるのは至難の業だからです。期待が少しでも揺らげば、株価は大きく下に振れる余地があります。
一方で、相場の心理に敏感な投機家にとっては、この激しい値動きこそが利益の源泉になり得ます。ボラティリティが高いということは、それだけ短期的な好機もまた多いということです。ただし、それは綱渡りであり、相応の覚悟と機動力が求められます。
そして、本当の試練はこれからです。
スペースXはロックアップ解除のやり方が特殊。売り圧力は約1年間に渡って繰り返し市場へ押し寄せてくる
通常、新規上場株には、創業者や初期投資家が一定期間売れない「ロックアップ」が設けられます。通常、ロックアップは半年後に一挙に解除されることが多いです。つまり、通常の新規上場株には「半年後の崖」があるわけです。
しかし、スペースXの場合、段階的に小分けでロックアップが解除されていくのが特徴です。上場後70日あたりから時間の経過に応じて少しずつ、四半期決算の発表に合わせてまとまった分が放出され、180日後(今年12月半ば)に標準的な保有分が完全に解放されます。
マスク氏ら主要株主については約1年間、来年半ばまで固定されたままです。アナリストはこのしくみを、一度に押し寄せる「津波」ではなく、十数回に分けて続く「断続的な波」と表現しています。
なお、アメリカの多くの証券会社は、個人投資家が配分のあった新規上場株を上場日から15~30日以内に売ると「フリッピング(即転売)」とみなし、今後のIPO参加を制限するルールを設けています。これは法的な拘束力のあるルールではありませんが、目先の売却をある程度、思いとどまらせる効果があります。
こうして見ると、この株への売り圧力は、最初の数週間は個人投資家の動向に、その後は段階的に解かれていく関係者の保有分に左右されながら、ある1日に集中することなく、今後、約1年間に渡って繰り返し市場へ押し寄せてくることになります。そのたびに、夢の重みに見合うだけの需要が本当に続くのか――それが何度も試されるのです。
スペースXは人類の可能性を押し広げる偉大な挑戦を行っている企業だが、偉大な企業でも、とんでもない高値で買えば投資の成果は損なわれる
私は、スペースXという企業そのものを否定しているわけではありません。
スペースXがやろうとしていることは、人類の可能性を押し広げる、まぎれもない偉大な挑戦です。
しかし、「偉大な企業」と「割安な株」は、まったく別のものです。すばらしい会社の株を、とんでもない高値で買ってしまえば、投資の成果は損なわれます。
だからこそ、熱狂のなかでこそ問い直してほしいのです。あなたが今しようとしているのは、企業の未来に賭ける「投資」でしょうか。それとも、市場の心理に賭ける「投機」でしょうか。
その自覚さえあれば、スペースXという株とどう向き合うべきかは、おのずと見えてくるはずです。
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガ「米国株&世界の株に投資しよう!」を配信中。著書『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』発売中。
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