AIの現在地は三層のズレの中にある
この夏、私の息子のアロンは、ねじの緩み止め加工で知られるナイロック社でインターンをやっていました。同社はねじの不良検出に同社では、ねじの不良検出にAIを使うことを検討しましたが、導入を見送ったそうです。
理由は、AIでは「遅すぎる」からです。
ナイロック社の工場では、月に数十億本のねじが、1本あたり0.1秒でカメラの前を通過していきます。この状況だと、汎用AIの推論では間に合わず、専用の画像処理が勝つのです。
ナイロック社公式サイト
同じ頃、私はマイクロソフトのAIイノベーションセンターを見学し、正直、展示の素朴さに驚きました。そのことを弟に話すと、「あそこに展示されているものは最先端を代表していない。中身はずっと先を行っている」と笑われました。
現場では速度が足りず、展示は実力より遅れて見え、最前線は外から見えない――AIの現在地は、この三層のズレの中にあります。AIがどこまで進んでいるのかについて認識が異なる以上、AIが経済をどこまで成長させるのかという予測が、専門家によって大きく異なるのも当然です。
では、どれほどばらついているのでしょうか。
AIの発展がどれほどのGDP成長をもたらすのか、人によって見解は大きく異なる
アンソロピックのダリオ・アモデイCEOは、来たるべきAIを「データセンターの中の天才の国」と呼び、50~100年分の科学の進歩が5~10年に圧縮されうると主張しています。
ゴールドマン・サックスは2023年3月のレポートで、生成AIが広く普及すれば、その後の10年間で世界の年間GDPを7%押し上げる可能性があると試算しました。マッキンゼーも巨額の経済価値を見込み、一部の爆発的成長論者は、AIが研究開発を加速させれば、いずれ年間30%級の成長さえ排除できないと考えています。
その一方、慎重派の代表格であるMIT(マサチューセッツ工科大学)のダロン・アセモグル教授は、今後10年で米国のGDPを1%前後押し上げる程度と見ています。
これらの数字は単純には比較できません。対象も期間も、測っているものすら違うからです。それでも、10年間のGDP押し上げ効果という同じ土俵で見て、1%と7%。慎重派と楽観派の開きは桁違いです。
なぜ、「知能2倍=GDP2倍」と単純にはいかないのか?
なぜ、「知能2倍=GDP2倍」と単純にいかないのでしょうか。最良の説明は経済学者フィリップ・アギヨンらの論文にあった次の一文です。
「成長は、我々が得意なことではなく、不可欠なのに改善が難しいことに制約される」。
知能が安くなるほど、経済の重心は知能で解決できない部分――介護、住宅、許認可、信頼、そしてナイロック社のねじのような物理世界のスループット――に移っていくのです。
100の工程のうち99を自動化しても、残る1つが全体の速度を決めるということです。
一方、楽観派の根拠は、AIが「研究者」という入力そのものを複製できる点にあります。新しいアイデアを生む主体を無限に増やせるなら、成長の生産関数自体が書き換わる。賭け金はここにあります。
GDPに現れているのはまだ「知能」ではなく、「知能工場の建設」
2026年の現実はどうでしょうか。コールセンターで生産性+14%、コーディング課題で+56%という調査結果がある一方、ベテラン開発者はAI導入でむしろ19%遅くなったという厳密な調査もあります。
マクロ経済では、2025年上半期の米国成長率1.2%のうち1.1ポイントがデータセンター建設などの投資による、という試算が象徴的です。
GDPに現れているのはまだ「知能」ではなく、「知能工場の建設」であり、経営者の自己申告(生産性+1.8%)と実データ(+0.6%程度)の間にも乖離があるのです。
変化は統計に現れる前に現場で先に起きる。だから、まだ統計に現れていなくても悲観することはない
それでも私は悲観していません。
この種の変化は、統計に現れる前に現場で先に起きるからです。1990年代後半、インターネットのROI(投資収益率)が統計に表れる前に、私たちは自宅のモデムの音でそれを知っていました。
[参考記事]
●AIを活用して息子に贈る156ページのフォトブックを2日で完成。コストは数十分の一、時間は十数分の一――AIのROI(投資収益率)は桁違いだ
●AIで「半年仕事」が半日に!? ポール・サイ氏が語る、AI時代に生き残るソフトウェア企業の条件
結論はシンプルです。「知能2倍→GDP2倍」は恒等式ではなく仮説です。しかし答えが1%でも7%でも、その差はポートフォリオを組み替えるに足る大きさです。
次回はこのシリーズ連載の最終回になります。最終回では、このすべての前提にある最後のボトルネック――エネルギー、原子力、そして日本の話をします。
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●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査に12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語に堪能。米国株などの資産運用について助言するメルマガ「米国株&世界の株に投資しよう!」を配信中。著書『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』発売中。
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