産業革命こそAI革命の正しい比較対象ではないか――このシリーズ連載の第1回で私はそのように述べました。今回はその検証です。正直に言うと、数字は最初、私の味方をしてくれません。
[参考記事]
●【シリーズ連載:エネルギーから知能へ】第1回 人類は大昔からエネルギーを知能に変換してきた。AIが史上初なのはこれを脳を経由せず大規模に行っている点
産業革命は実は資本集約的ではなかった。そして、その成長の果実は労働者へすぐに届いたわけではなかった
産業革命は、実は資本集約的ではありませんでした。英国の投資率はGDP比およそ6%から11%に上がった程度で、今日の新興国(30%超も珍しくない)よりずっと低かったのです。経済成長率も年0.2%から1~1.5%へ上がったにすぎません。
英国の産業革命期におけるGDP比の国内投資率の推移 これは推計値であり、研究者によってある程度、数値は異なる。これはその一例。 出所:Stephen Broadberry,Alexandra M. de Pleijt(2021). Capital and Economic Growth in Britain, 1270-1870:Preliminary findings掲載のデータより編集部が作成
ただし、その地味な成長率が150年間続いた複利の結果、1人当たりGDPは約3倍になり、人類史上初めて「成長が当たり前」の世界が生まれました。
ただし、産業革命の初期には、その成長の果実が労働者へすぐに届いたわけではありません。
1780年から1840年にかけて英国では、労働者1人当たりの産出(労働生産性)は大きく伸びた一方、実質賃金の上昇ははるかに緩やかでした。代表的な推計では、産出は46%増えたのに対し、実質賃金は12%の上昇にとどまりました。これは「エンゲルスの休止」と呼ばれる現象です。
この時期、技術革新と資本蓄積が生み出した価値の増分は、賃金よりも利潤、すなわち工場・機械・企業を所有する側の所得により多く帰属しました。実際、経済史の研究者ロバート・C・アレンは、19世紀前半の英国で利潤率が上昇し、国民所得に占める利潤の比率が拡大したと論じています。
トマ・ピケティが長期の資本と格差の分析で強調したのも、成長の果実は自動的・均等に分配されるわけではなく、資本の保有構造によって大きく左右される、という点です。
だから長期の資産形成では、労働所得だけに依存するのではなく、分散された株式などを通じて企業利益と経済成長に参加する「資本の側」にも立つことが重要になります。もちろん株式には価格変動や損失のリスクがあるため、これは短期的な投機ではなく、時間分散と十分な分散投資を前提とした考え方です。
ルネサンス期に価値を生んだのは巨額の設備投資ではなく、知識の複製コストの暴落だった
ルネサンスも似ているところがあります。
メディチ家が37年間で支出した66万フローリンは、今の金価格で表現すれば数億ドルレベルです。これが国家事業ではなく、メディチ家という一族の支出なのです。
それが文明のリターンに化けた鍵は、印刷機という「普及の技術」でした。1500年までに印刷機を持った都市は、その後100年間の経済成長率が他都市を21~60ポイント上回ったという研究があります。
価値を生んだのは巨額の設備投資ではなく、知識の複製コストの暴落でした。
設備投資先行という形だけ見れば、AI革命はむしろ鉄道・光ファイバー型に近いが…
産業革命というと、猛烈な勢いで機械をつくり、工場をつくっていったというイメージがあります。しかし、先ほど述べた通り、産業革命当時の英国の投資率の推移を冷静に見れば、実はそれほど資本集約的ではなかったわけですから、「設備投資が先、回収があと」という今のAI革命の形とは似ていないことになります。
設備投資先行という形だけ見れば、AI革命はむしろ鉄道・光ファイバー型に近い――私の仮説は、ここで一度殴られます。
[参考記事]
●【シリーズ連載:エネルギーから知能へ】第2回 鉄道狂時代、ドットコムバブル期と比較して考える。2026年7月の一部AI関連株下落、AI懐疑派の主張は妥当か?
1878年に「電気」の需要統計はなく、1400年に「複式簿記」の需要統計はなかった。まったくの新カテゴリーには比較すべき過去の需要曲線が存在しない
それでも「AI革命が比較対象とすべきは産業革命である」という私の仮説を捨てない理由は、生まれたものの「中身」にあります。
鉄道は、すでに存在する需要曲線(モノを運びたい)への能力増強でした。対して産業革命とルネサンスは、機械化された労働力、複製された知識という、新しい価値のカテゴリーそのものを創造しました。
もし、AIが「量産される認知」という新カテゴリーを作っているなら、比較すべき過去の需要曲線は存在しません。今日のAIの売上が投資額に対して小さく見えるのは、「蛇口から出る思考」の市場がまだ形成途上だからです。
1878年に「電気」の需要統計はなく、1400年に「複式簿記」の需要統計はありませんでした。買い手も、用途も、ビジネスモデルも、供給と一緒に発明されるのです。
結論はシンプルです。問うべきは「いくら使ったか」ではなく、「何が商品になったか」。
投資と売上のタイミングのずれは、新カテゴリーの創造においては異常ではなく、むしろ予定通りです。次回は、その商品が経済全体を何倍にできるのか――「天才の国」のGDPを、わが家の食卓で出た話から計算します。
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査に12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語に堪能。米国株などの資産運用について助言するメルマガ「米国株&世界の株に投資しよう!」を配信中。著書『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』発売中。
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