AIといっしょに作ったWebアプリ「TidePush」
先日の夕方、シアトル北方のリゾート地、サンファン諸島のフライデーハーバーにヨットの錨を下ろしながら、私はひとつの問いを考えていました。
「いつ出航すれば、潮流に乗って一番うまくシアトルへ帰れるのか」。
セーラーなら誰でも知っている、潮汐表、海図とにらめっこする時間です。けれど、その晩の私は表とにらめっこする代わりに、AIといっしょに小さなWebアプリを作り始めました。
Webアプリの名前は「TidePush(タイドプッシュ)」。
TidePush公式サイト
シアトル周辺に広がるピュージェット湾とサンファン諸島を行き来するセーラー向けに、潮流に最適化した出航タイミングを計算してくれるツールです。
私はこのアプリを無料で公開し、ヨット仲間のメーリングリストでそのことを知らせたところ、「Amazing」「すばらしい」という返信に混じって、「サウス・サウンド(※)の航路も追加できる?」というリクエストまで届きました。
ユーザーの要望が来る? つまり、これはもう、れっきとした「動いている製品」です。
(※編集部注:「サウス・サウンド」とはピュージェット湾南部の入り江)
[TidePush(タイドプッシュ)に関する参考記事]
●AIで「半年仕事」が半日に!? ポール・サイ氏が語る、AI時代に生き残るソフトウェア企業の条件
従来のやり方なら数ヵ月と数万ドルかかったはずのことが、AIを使ったら半日と19ドルでできた
TidePushの画面の1つ
かかった時間と費用の話をしましょう。
この種のアプリを従来のやり方で外注すれば、仕様書を書き、開発会社とやり取りし、数ヵ月と数万ドルはかかったはずです。
私が友人へのメールに書いた実感は次のようなものでした。
「ある半日をAIといっしょに過ごしただけで、それが6ヵ月分の開発作業に化けた」
実費はドメイン料金とホスティング費用、あわせて年間19ドルほど。フォトブックの回でお話しした「専門技能の限界費用がゼロに向かう」という構図と同じです。
[参考記事]
●AIを活用して息子に贈る156ページのフォトブックを2日で完成。コストは数十分の一、時間は十数分の一――AIのROI(投資収益率)は桁違いだ
AIは速い脳である以上に、眠らない脳である
しかし今回、私が本当に驚いたのは、速さではありません。
開発の途中から、私の働き方が変わったのです。夜、寝る前に、AIに宿題を渡します。
「この機能を作っておいて。エラーが出たら自分で直しておいて」
そして朝起きると、できあがっている。私が眠っている間も、この頭脳は考え続けていました。AIは速い脳である以上に、眠らない脳なのです。
人間は眠るが、機械は眠らない。産業革命の生産性爆発を支えた要因の1つには機械が24時間動き続けたこともあった
この感覚には、歴史上の前例があります。
1771年、アークライトがイギリスのクロムフォードに作った紡績工場は、創業当初から昼夜二交代制で回っていました。
産業革命の生産性爆発を支えたのは、水車や蒸気の「力」だけではありません。機械が眠らないことでした。人間の筋肉は1日10時間も働けば限界ですが、紡績機は24時間回り続けます。
生産量が人間の生体リズムから切り離された瞬間、世界の生産能力は、人口ではなく、資本の稼働率で決まるようになったのです。工場に泊まり込む機械は、眠る職人の何倍もの綿糸を紡ぎました。
AI発展によって、思考は史上初めて、24時間稼働の資本財になった
それから250年あまり。私たちはあらゆるものを24時間化してきました。
工場も、物流も、金融市場も。
しかし、思考だけは、ずっと眠りに縛られてきました。世界の知能の総量は、常に「人口×起きている時間」が上限だったのです。AIはこの最後の上限を外しました。
思考が24時間稼働の資本財になるのは史上初めてのことです。
データセンターが稼働を始めた瞬間から目一杯、回り続けるのも、アンソロピックのダリオ・アモデイCEOが来たるべきAIを「データセンターの中の天才の国」──眠らずに働く数百万人の頭脳──と表現するのも、同じ現象の別の顔です。
産業革命が筋肉を眠りから解放したように、AIは思考を眠りから解放しつつあります。
[アモデイCEOの「天才の国」発言に関する参考記事]
●【シリーズ連載:エネルギーから知能へ】第4回 AIで「知能」が2倍になればGDPも2倍になる? 経済効果の予測が大きく割れる理由とは?
眠らない頭脳(AI)の時代に持つべきは、眠らない資本
TidePushの画面の1つ
白状すると、アプリ「TidePush」の作成は、趣味であると同時に、ピーター・リンチ流の実地調査でもありました。
[ピーター・リンチの投資術に関する参考記事]
●AIで「半年仕事」が半日に!? ポール・サイ氏が語る、AI時代に生き残るソフトウェア企業の条件
自分で商品を使ってみて、初めて理解できることがあります。今回、私がAIを使ってアプリを作成し、確認できたことは次の2つです。
まず、6ヵ月という期間が半日に縮まる「時間の圧縮」。
そして、寝ている間も仕事が進む「時間の拡張」。
生産性は足し算ではなく、この2つの掛け算で変わります。これが経済統計に現れるのはまだ先でしょうが、私は自分の錨泊地でひと足先に確認した気分です。
私の投資家としての結論は変わりません。ただ、確信は一段と深くなりました。
眠らない頭脳の時代に持つべきは、眠らない資本──24時間回るデータセンターと、それを一晩中動かし続ける電力です。ちなみに「TidePush」は、今夜も誰かの出航時刻を計算しています。私が眠っている間に。
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査に12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語に堪能。米国株などの資産運用について助言するメルマガ「米国株&世界の株に投資しよう!」を配信中。著書『台湾系アメリカ人が教える 米国株で一生安心のお金をつくる方法!』発売中。
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