「円安は株式投資にメリットがある」は、もう当てはまらない?
株式投資をする個人投資家にとって、円高・円安に対する基本的な投資スタンスとしては「円安=メリット」「円高=デメリット」だと思う。しかし、その図式がもはや当てはまらなくなっているというのが今回のテーマだ。
現在のドル円は114円前後だが、1年前はいくらだったか覚えておられるだろうか? 即答できればなかなかの金融通だと思う。答えは何と103円台! 「このままいけば、ひょっとして100円を切るかも…」と話題になっていた。過去1年間で約11円もの円安が進行している。
円の総合的な実力を示す実質実効為替レートは半世紀ぶりに低迷
円の総合的な実力を示す実質実効為替レートは約50年ぶりの低水準にある。実質実効為替レートは、各国の通貨価値と物価変動を考慮して計算し、レートが上昇すれば購買力が上昇(通貨価値が上がる)し、低下すれば購買力が弱まる(通貨価値が下落する)ことを示す尺度だ。2021年12月時点の円の実質実効為替レートは68.0で、50年前の1972年並み(67台)の低い水準にある。1995年頃の150台と比べると半値以下だ。
実質実効為替レートがここまで低下した要因は、バブル崩壊以降の長引く景気停滞で他国と比べて日本の賃金や物価が上がらなかったこと、輸出競争力を重視して政府が円安につながる政策を押し進めたことなどがある。さらに2013年に始まった黒田日銀総裁による「異次元」金融緩和も拍車をかけた。
過去に円安が製造業の輸出競争力を後押しする形で経済成長に寄与したのは事実だろう。今でも日銀は「円安は経済成長率を押し上げる」と主張しているが、多くの企業が海外に拠点を移し、円安による押し上げ効果は弱まった。ちなみにGDPに占める製造業の比率は1970年代は35%あったが、2010年代には20%に低下。むしろ足元では円安のデメリットが目立ってきている。つまり、経済構造が変わった今の日本において円安は成長力底上げに寄与しにくいと言えよう。
実質実効為替レートが低迷しているにもかかわらず、円安が進行する理由
実質実効為替レートがピークの1995年から足元までの日本の消費者物価指数の伸びはわずか4%なのに対し、米国は84%に達した。本来、物価が安定していれば通貨の価値は保たれ、逆に物価が上がると購買力は下がり通貨の価値は低下する。このロジックに当てはめると、物価の上がらない日本の円の価値は上がり、ドル円相場にも反映されるはずだが、日米間の金利格差から実際は円安に振れて今年の1月上旬に5年ぶりの安値となる1ドル=116円台まで下落した。
米国では2021年7月~9月の個人消費はコロナ禍前の2019年7月~9月と比べて10%増加したのに対し、逆に日本の場合は5%ほど減った。両者の違いは賃金が上がらない日本が抱える構造的問題にある。過去30年で米国の名目賃金が2.6倍になったのに対し、日本はわずか4%増にとどまり、個人消費は低迷したままだ。ちなみに同期間で日本の社会保険料は35%増えた。膨らみ続ける社会保障費が家計を圧迫していることがよく分かる。
賃金が上がらないために需要が弱い、企業は原料高を転嫁したくてもできない、企業の利益は思うように伸びず賃金も上げられない…。日本はこうした悪循環から抜けられない状況にある。消費が回復する米国はすでに金融緩和の縮小に動き、一歩進んで利上げをする国も出てきた。緩和の出口が遠い日本にとっては円安圧力が一段と強まる要因だ。さらなる円安は、日本をいっそう貧しくすることになりかねない。
原油高や輸入物価上昇で国民負担が増す「悪い円安」は政治問題化する?
興味深いのは、進行中の円安・ドル高を米国の通貨当局が静観している点だ。トランプ前政権は対日貿易不均衡の拡大懸念から「日本は為替操作国」と批判したが、バイデン政権では全く異なる。その背景にあるのは米国の物価上昇問題だ。この秋の中間選挙に向けてインフレ抑制が重要課題になる中、輸入価格面で物価上昇圧力を抑える点で現在のドル高は政権にとって望ましい。バイデン政権にとって、対外貿易不均衡の是正よりも国民の生活を苦しめるインフレの抑制の方が重要な課題である。
一方、安い円は日本の政治問題になりつつある。原油高や円安による輸入物価上昇で国民の負担感が増している。日本でも今夏に参院選を控えており、円売りが一段と進むなら日本の通貨当局から牽制的発言が出てくる可能性がある。
各国の物価格差を測る有名な指標として「ビッグマック指数」がある。2021年7月時点でマクドナルドのビッグマックの販売価格は日本は390円なのに対し、米国は5.65ドル(約650円)。円相場が1ドル=70円まで上昇しないと日本と同じ値段で米国ではビックマックを買えないほどの格差だ。現在の円安だと日本人は国内の7割増しのお金を払わないと米国でビックマックを買えないほど、購買力は低下している。同様に、米国ではラーメンの販売価格が20ドル(約2300円)近い値段なのも、日本人からすれば驚きである。
購買力の低下は海外からモノを輸入する際のコスト増に直結する。日銀の輸入物価指数によると牛肉は10年前に比べ2.4倍に急騰、小麦は66%も上昇。今後、販売価格への転嫁が進めば、さらに生活者の負担が増すことになりそうだ。
私が考える適正なドル円レートは最低100円、理想は80円程度がよい
さらにバランスシートで考えた場合、円安は日本の国力低下に直結することが分かる。海外投資家が日本の1億円のタワマンを買うとしよう。為替が80円であれば125万ドルが必要だが、為替が現在の114円では88万ドルで済む。円安は輸出企業にとっては売上高が増える要因だが、日本の価値を下げることに直結する。個人的には最低100円程度の為替レートでないと、日本によくないと考えている。
個人的な希望は80円程度が良い。そうすれば日本および日本人の購買力がグッと上昇し、日本の国力が高まる。そういう政策こそ真剣に考えるべきだ。岸田政権が掲げる経済政策は「ばらまき」の要素が目立ち、国力アップの根幹に直結する構造問題に切り込む姿勢はほとんど見られない。皆さんはどう思われるだろうか?
(DFR投資助言者 太田 忠)
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