残るは名誉棄損と侮辱罪
「理不尽さに対して闘った」
残る闘いは、民事裁判での名誉棄損、刑事裁判での侮辱罪となる。
行政訴訟を起こしたのと同じ22年8月19日、杉浦側は名誉毀損で損害賠償を求める民事訴訟も東京地裁に起こしていた。東大がホームページに掲載した前出の抗議文に杉浦の名誉毀損に当たる可能性のある内容が含まれていたからだ。23年4月には、名誉毀損に加えて名誉感情を侵害されたことを理由とする請求を追加した。また、23年1月には侮辱罪での刑事告訴が受理されている。
東大を相手にここまで闘うのだから、思想や闘争心が相当強い若者がイメージされるが、杉浦の実像は温厚で爽やかな青年。医学を学べることへの喜び、子どもの頃からの夢である、医師になることへの期待に胸を膨らませている。そして、記者会見や訴訟に踏み切るのに相当に悩んだことが言葉の端々から伝わる。
「1年の留年くらい大したことじゃないよ、とよく言われます。それはそうなんです。留年という事実に対してではなく、納得のいく説明もなく文句を言わせないという姿勢の理不尽さに対して闘った」と杉浦は言う。学問の場においても、将来身を置く医療の現場でも、対話がないと物事はよからぬ方に進みやすい。
今年度に再度受講した基礎生命科学実験で配布されたガイダンス資料では、「体調不良等による欠席」の項目がより詳細に明文化された。その中には「欠席した授業の翌日から起算して7日後の13時(例:5/17〈水〉欠席なら5/24〈水〉13時)に達した時点で一切の申請を受け付けない」との一文があった。例に挙げた5月17日というのは、まさに昨年、杉浦がコロナに感染して欠席した日付。嫌みたらしい印象はあるが、「それでも教員のさじ加減で補講対応の有無が決まるより、こうして明確に示される方が学生にとっては良いから」と言って苦笑いする。
東大の藤井輝夫総長は、ホームページに掲載した総長総論の中で「東京大学の新しいあり方を開拓するにあたり、重要な行動のひとつが『対話』です」と語っている。であれば、東大上層部は表だって声を出さなくても、今回の騒動の根本的な問題を認識しているのだろうか――。
(敬称略)