6月半ばまでおおむね130円台で推移していた米ドル/円相場は6月半ば以降、米ドル高・円安が進み、140円台へ乗せました。
このような動きを見せた主な理由は日米の金利差とその今後の見通しにあると思います。アメリカは利上げの途上にあり、その先の利下げは先送りになりそうな一方で、日本はまだまだ利上げしない見込みということです。
日米金利差とその今後の見通しが米ドル高・円安の理由だが、その下には日本経済が抱える構造的な問題が潜んでいる
表面的な米ドル高・円安の理由は前述のとおりですが、その下には日本経済が抱える構造的な問題が潜んでおり、日本経済の長期的なトレンドが影響していると思います。このことに注意する必要があります。
少し長期的な目線で見ると、日本のマクロ経済の問題は主に次の2つです。
(1)デフレが長く続いたこと。高齢化、少子化のために需要不足だったためです
(2)政府が膨大な負債を抱えていること
これらを解決しようとしたのが、安倍元首相が打ち出したアベノミクスでした。量的緩和、財政出動、構造改革で日本のマクロ経済の問題を解決しようとしたのです。“黒田バズーカ”と呼ばれた量的緩和で、なんとかインフレに持っていこうとしていました。
しかし、アベノミクスはほぼ2本の矢しかないままでした。そして、一番重要な構造改革は行われなかったのです。
アベノミクス3本の矢の中で不可欠なものは構造改革だけだった
ここで、それぞれの矢がどういう働きをするか、簡単に説明すると…
まず、量的緩和によってインフレに持っていき、そして投資を促します。財政出動によって、最初の需要不足を短期的に補って、経済の構造を変化させ、成長を促します。そして、構造改革は生産性の向上によって経済を成長させます。
この3本の矢の中で不可欠なものは実は1本の矢だけでした。それは構造改革です。
日本で実際には何が起こったでしょうか?
量的緩和は実施されました。日銀は日本国債を買って、財政出動を可能にしました。ETF(上場投資信託)を通じて株式まで買いました。財政出動は行われました。これはばらまき政策です。
中央銀行が国債を買い始めるのは普通は禁じ手です。それを行うと、お金の価値は失われていきます。
大ざっぱに説明すれば、価格は「お金の量÷モノの量」になります。生産性の向上がなければ、モノの量は増えません。その状態でお金だけが増えていけば、価格は上がります。価格上昇とは、インフレということです。
そして、モノが増えていなくて、価格だけが上がれば、同じお金を持っていたとしても、少ないモノしか買えなくなりますから、人々は貧しくなっていることになります。
日銀の量的緩和はなぜ当初、インフレを起こせなかったのか?
ではなぜ、日銀の量的緩和は当初、インフレを起こせなかったのでしょうか?
それは高齢化、少子化によって需要が弱いからです。お金の量は増える一方ですが、高齢化・少子化のダムに裏で止められ、お金が消費に使われないのならば、お金の量は増えていないに等しいのです。しかし、そのお金がダムの裏にあることは間違いありません。
ではなぜ、アメリカではインフレがひどくなったのでしょうか?
アメリカの状況は、最近の利上げ局面まで日本と同じでした。アメリカも需要不足でした。それを象徴する1つは低金利です。中央銀行が金利を低くして需要を喚起しようとするぐらい、需要が足りなかったのです。
アメリカも量的緩和、財政出動、構造改革をやりました。そして、3本の矢が全部ある程度、成功したと言えます。
量的緩和はやりました。財政出動はコロナの時期にやりました。構造改革は、アメリカは日本と同じことをやっていました。日本は成功しませんでしたが、アメリカは需要喚起に成功しました。成功しすぎたとも言えます。なので、生産が追いつかず、インフレになりました。
一番可能性の高いシナリオは悪いインフレであり、悪い円安であり、ひどい不況
そして、今現在、日本は需要が足りないです。アメリカは物が足りません。そうなると、金利、為替が変化して、日本人があまり消費しないので、外国人がその分、代わりに消費してあげることになります。円安になって、インバウンドが急拡大します。輸出業も良くなリます。これはある意味、富の移転です。外国人に安く消費させるために、日本は安売りしています。
日本政府は巨額になった借金を解消したいはずです。今のインフレは、低金利のもとで進んでいるので、国債の利払いが増えるわけでもなく、国にとっては痛くありません。インフレになると、税収が増え、国の借金の負担は減ります。
しかし、日本人も、インフレが定着すれば、お金の価値が失われていくことを恐れ、今まで消費してこなかった分を消費し始めるでしょう。そうすると、高齢化、少子化のダムの裏に貯まっていたお金があふれて、津波のように押し寄せます。
あるいは、日本円を手放して、他の高金利通貨を買う動きが出てくるでしょう。そうなると、もっとインフレになります。直近のトルコのように、大きく利上げして、お金を貯めることに対してインセンティブをつけ、需要を抑えようとします。しかし、日本経済は構造改革ができていないから、金利が上がると、企業・経済はそれに耐えられません。インフレがコントロールできなくなってしまいます。
これらのことを考えると、一番可能性の高いシナリオは悪いインフレです。悪い円安です。ひどい不況です。経済を本質的に改善する方法は構造改革しかありません。それをやっていかない限り、中長期での経済発展はありません。
そして、今までの応急措置(量的緩和・財政出動)は逆に有害となります。高齢化・少子化の中、一般の人たちは政治に無関心です。一方、政治家はほとんど既得権益を持っている人たちであり、現状維持の方がパワーのある層にとっては都合がいいのです。なので、日本で改革は進まないはずです。
メタの年収の中央値は日本円で3000万円近い! 大きな変革を起こせる精鋭は海外へ流出している
改革に必要な人材も日本にいるインセンティブがすでに弱くなっています。
メタ(ティッカー:Meta)の年収の中央値は20万ドルです。日本円にすれば、3000万円近くになります。アメリカのテクノロジー業界で、ある程度できるエンジニアであれば、これは普通の年収です。本当のエリートの年収は50万ドル、60万ドルです。日本円にすれば、7000~8000万円です。
こういったアメリカの給料のレベルは実際にテック業界に勤めている兄弟、友人からの話で確認できています。日米の差は毎年拡大しています。できるエンジニアは給料が10分の1の日本で働きたいと思いません。海外に流出します。しかも、テック業界は人数がたくさん必要な業界ではありません。精鋭の数人で、大きな変革を起こせます。そして、それは経済全体に影響を与えます。なので、給料は高いのです。日本でそれをできる限られた人材は、海外に流れてしまっています。
黒船が来たことがきっかけとなって明治維新は起こったが、今回は黒船が来そうもない
前回(明治維新)は黒船が来たことがきっかけとなり、改革ができました。今回は黒船が来るかどうか、わからないです。今のところ、黒船は来そうもないです。
日本国内の経済状況は楽観できないので、外国株、外貨への分散投資が急務だと思います。これから、短期的に少し円高に振れる時期は来る可能性があります。しかし、構造改革が行われないなら、中長期的なトレンドは変わらないでしょう。すなわち、円安、ハイパーインフレ、不況のトレンドは変わらないと思います。あまり長く待つと、次のチャンスはもうないかもしれません。
私の仮説が正しいかどうか、一番注目しなければいけないのは構造改革が行われ、日本から革新的な企業が生まれるかどうかです。もしも、構造改革ができているのなら、この悪いトレンドから脱出できると思います。
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガを配信中。
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