1年間のリターンの差が50%超! これはS&P500 ETFに対して、元フィデリティ投信、ポール・サイ氏の推奨ポートフォリオがつけた差だ。ポール氏はどんな投資法でこのすばらしいパフォーマンスを挙げることができたのか? ポール氏の思考に迫る取材記事シリーズ、その第3回はポール氏が日本にGAFAが育たなかった真の理由を語る。
[第1回の記事]
●1年間で米国株でS&P500に50%超の大差圧勝! エヌビディア株を底値近くで買っていた投資家が語る「悪いニュースはいいニュース」ってどういうこと?
[第2回の記事]
●株式市場は詐欺的!? ハイテク株の女王、キャッシー・ウッド率いるアークの旗艦ファンドはなぜ悲惨な成績なのか?
なぜ日本にGAFAは育たなかったのか?
ポール・サイ氏から夢を売る会社の話を聞いたとき、筆者は“株券印刷業”という言葉を思い出した。業績はさっぱり上がらず、しかし夢のようなことは声高に語り、それを受けてそれなりに株価は上がったりするので、上がった株価を利用して増資などを繰り返し、延命を続ける──“株券印刷業”とは、そういった怪しげな企業を揶揄した、ネット界隈などで使われている俗語である。
日本の新興市場には、創業以来長年に渡って1期も黒字になったことがないのに、国家から補助金まで受け取っているような“株券印刷業者”が実在し、堂々と上場している。
筆者がそのことをポール氏に話すと、ポール氏は「そういう小さな会社はアメリカにもある」と言った。しかし、「問題はそこではない」とポール氏は指摘したのである。
「日本にはエヌビディアのような企業が存在していません。アルファベット(グーグル)やメタのような大型のテクノロジー企業は日本にはありません。そのことをよく考えた方がいいと思います。それは日本が悪いのではありません。そのような企業は欧州にも存在していませんし、その状況はおそらくこれからも変わりません」
最近、某大手新聞社のサイトで「なぜ日本にGAFAは育たなかった ネット先駆者が語る深刻な敗因」というタイトルの記事が公開された。その記事のコメント欄で、ある学者が「日本にGAFAは育たなかったというより、アメリカにしかGAFAは育たなかったんですよね。(中略)アメリカ以外ではどこもGAFAが育たなかった理由も知りたいと思いました」とのコメントを寄せていた。
日本や欧州にはなぜアメリカにはあるGAFAのような先進的大型テクノロジー企業が存在しないのだろうか? ポール氏の見方はこうだ。
「アメリカのAIのソフトウェアエンジニアは年収100万ドルだったりします。アメリカは真に資本主義的な国です。最先端のことをやっている人が高い収入を得ることを許す社会なのです。
それが日本だと、優秀なエンジニアでも年収500万円、600万円で働くわけじゃないですか。国に貢献したいから、オレは給料安くてもいいという人もいるかもしれないけれど、そういう人は少ないでしょう。日本で一番優秀なエンジニアはその多くがアメリカに来てしまうんです。欧州についても同じような状況です。
だから、アメリカは最先端のモノやサービスができやすいのです」
ポール氏が考える、アメリカにしかGAFAが育たなかった理由は以上のとおりだ。しかし、それは良いこと尽くめではなく、その「ツケ」もあるのだとポール氏は話す。
「アメリカは徹底した資本主義の国であり、その結果、富が一部の人に集中しました。それによって、社会が不安定になっている面があります。日本にも富の格差はなくはないですが、アメリカとは全然レベルが違います。日本はもっと平等に近い社会です」
そして、日本にもアメリカにも住んだことがあるポール氏は(現在はアメリカ在住)、アメリカよりも日本の方が住みやすいと実感を込めて言う。だから、住むのは日本で、投資は米国株というのがとてもいいやり方だとポール氏は話すのだ。
[参考記事]
●日本は住み心地が世界一で、イノベーションがない! アメリカは社会に問題があり、イノベーションが世界一。日本に住んで、投資はアメリカがいい!
●おいしいランチ、日本は1000円、米国は2900円。物価の安い日本に住み、米国株へ投資しよう! そして、インデックス投資より個別株投資を
急激な利上げにもかかわらず、米国経済が割と堅調な理由とは?
ここで、推奨ポートフォリオの1年間のリターンが50%以上とめざましいパフォーマンスを挙げてきたポール氏に、ここまでのアメリカ経済や米国株式市場を改めて振り返ってもらうとともに、今後の見通しについて聞いてみた。
「まず、FRBの利上げがここまで急激なものになるとは正直、予想していませんでした。けれど、リセッションにはまだなっていないし、今後はソフトランディングっぽくなりそうだと思います。
急激な利上げにもかかわらず、米国経済が割と堅調な理由の1つとして、固定金利で住宅ローンを借りている人が多かったことがあります。アメリカでは多くの人が低金利のときに住宅ローンを固定金利のものに切り替えていました。そのため、利上げを行ってもそこまで個人の家計に影響がなかったのです。
また、コロナ禍でばら撒き政策をやっていたこともありました。このようなことから、個人の家計のバランスシートは割と健全でした。
地銀の問題や商業用不動産の問題はありましたが、それがリーマンショック的な大きなショックには発展しませんでしたし、これからもそうはなりそうにないと思います。これらのことはリーマンショック的なことには発展しないだろうと私は元々考えていました」
[参考記事]
●SVB破綻! リーマンショック級の危機はくるのか?こないのか? 危機の中にチャンスはある! こんな時はどんな銘柄を仕込むのがいい?
米国市場で一番悲観的に見られてきた注目のセクターとは?
本記事シリーズで触れてきたとおり、ポール氏は「悲観」に注目する投資家だ。そのポール氏が最近注目している「悲観」があるという。
[参考記事]
●1年間で米国株でS&P500に50%超の大差圧勝! エヌビディア株を底値近くで買っていた投資家が語る「悪いニュースはいいニュース」ってどういうこと?
「ここ1年で一番悲観的に見られていたセクターは不動産セクターです。
アメリカのオフィスは空室率が高いです。コロナ禍でテレワークが進んだためですが、テレワークには効率が悪いところもあると思います。やっぱりみんな家にいるとのんびりしてしまうところもありそうですし…。今後はオフィスに戻りなさいという声が高まってくるのではないかと考えています。
また、そもそもマーケットというものは、今の状況がずっと続くとみる傾向があります。けれど、実際の物ごとには結構、循環性があるものです。株式市場はオフィスの空室率がこのまま続くことを織り込んでいる状態ですが、それは行き過ぎで、その点でも株価が戻る可能性があると思っています」
以上のようにポール氏はアメリカの不動産セクターの「悲観」に注目しており、不動産関連銘柄を買うことを狙っているようだ。ポール氏の今後の連載やメルマガでの情報発信に注目だ。
また、ポール氏が注目している領域として「AI」もあることは本記事シリーズですでに述べてきたとおり。「悲観」に注目するポール氏だが、AIについては「悲観」で注目しているのではなく、大きな将来性を感じて注目している分野になる。「AIが足の長いストーリーになる」というポール氏の見解についてはすでに以下の記事で紹介した。
[第2回の記事]
●株式市場は詐欺的!? ハイテク株の女王、キャッシー・ウッド率いるアークの旗艦ファンドはなぜ悲惨な成績なのか?
アメリカが不安定になっても、結局、米国株の優位性は揺らがない
ソフトランディングになりそうというのが、ポール氏のアメリカ経済に対する見立てだが、ではアメリカ経済、アメリカ社会について何かリスクや懸念事項はないのだろうか?
実はポール氏はアメリカ社会の分断について懸念している。民主党サイドと共和党サイドで現在は過去になかったぐらい考え方が対立しているという。その分断の様相は、2024年米大統領選にトランプ氏が出馬すれば、深刻なものに発展する可能性があるとポール氏はみているようだ。
[参考記事]
●アメリカは今、2つの国に分裂している!? カルチャー戦争勃発! アメリカシェア№1ビールの不買運動はなぜ起こった?
アメリカ社会の分断、その詳細については上に紹介したポール氏の記事を読んでほしいが、ポール氏はアメリカ社会にそういった懸念があったとしても、米国株は大丈夫と見ているようだ。どういうことだろう?
「アメリカの政治に大きな変化があるときは、世界が危うくなりますので、アメリカにマネーが向かってくると思います。
アメリカが不安定になって、アメリカが国外のことにあまり構っていられなくなると、ウクライナがロシアにギブアップするとか、台湾戦争が起こるといったことが起こるかもしれません。アメリカが不安定になると、世界が不安定になるわけです。
一方、アメリカという国は絶対攻められません。歴史的にアメリカ本土が外国から攻められたことはほぼないのです。だから、アメリカ社会が不安定化すると、アメリカにマネーが流れ、世界の中での米国株の優位性には変わりがないと考えます。
アメリカ社会が分断された結果、アメリカが崩壊するということまで起これば、話は変わってきますが、そこまでのことにはならないと思います」
第2次大戦までの日本は非常に不安定。今の日本が安定しているのは歴史的に見れば異常とも…。為替相場の大きな変動は日本が不安定化する兆しか?
先ほど触れたとおり、ポール氏は、日本はアメリカほど格差が大きくなく、安定していて住みやすいという。だが、その「日本の安定」に変化の兆しが見え始めたかもしれないとも指摘する。
「今、生きている多くの人の記憶の中で、日本は長年安定していました。そうすると、これからもこの安定は続くとみんな考えがちです。けれど、先ほど話したように、実際の物ごとには思った以上に循環性があるものです。
歴史を見れば、1800年代後半から第2次世界大戦までの日本はめちゃくちゃ不安定でした。逆に言うと、今の安定している日本が歴史的に見れば異常かもしれません。
最近、為替相場が大きく変動しているのは、もしかしたら、日本がまた不安定な時代に突入していく兆しではないかということを感じています。
台風の前はだいたい天気が悪くありません。しかし、その後には台風が来て、暴風雨が吹き荒れます。
資産運用する際、通貨の分散、投資対象の分散は基本的なことになりますが、日本人にとってはそういったことの重要性がさらに増す時代に入ってきたのかもしれないと考えています」
(取材・文/フリーライター・井口稔)
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガを配信中。
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