1年間のリターンの差が50%超! これはS&P500 ETFに対して、元フィデリティ投信、ポール・サイ氏の推奨ポートフォリオがつけた差だ。ポール氏はどんな投資法でこのすばらしいパフォーマンスを挙げることができたのか? ポール氏の思考に迫る取材記事シリーズ、その第2回はエヌビディア株のチャートの見方やハイテク株の女王、キャッシー・ウッド率いるアークの投資法とポール氏の違いに焦点を合わせる。
[第1回の記事]
●1年間で米国株でS&P500に50%超の大差圧勝! エヌビディア株を底値近くで買っていた投資家が語る「悪いニュースはいいニュース」ってどういうこと?
エヌビディアは20年以上も前からウオッチしていた!
ここで話を今一度、エヌビディアのことへ戻そう。
前回記事の冒頭で取り上げたシーン、エヌビディアが超絶好決算を出し、エヌビディア株が暴騰したところで買った投資家は楽観で買いに行った投資家になるだろう。悲観視された状態を重要視するポール氏の姿勢はいわばその対極にある。
とはいえ、あとから振り返れば、「悲観視されていたところを買いに行く」と簡単に言えるが、悲観視されている真っ最中に買いに出るのは相当勇気がいるものだ。ポール氏はどうしてこんなにいいタイミングで買いに出られたのだろうか?
かつて某ビジネス系メディアが「詳報:トヨタが頼った謎のAI半導体メーカー」と題してエヌビディアを取り上げた記事を公開し、ネット上のあちこちから「エヌビディアは謎のメーカーじゃないだろう」という突っ込みが入って話題となったことがあった。が、今なら、「エヌビディア自体は謎じゃない。いい会社とはわかっている。けれど、それを絶好のタイミングで買えるのが謎だ」と言いたくなる読者がいるかもしれない。
そのあたりの買いタイミングの謎について、ポール氏にさらに突っ込んで聞いてみると、エヌビディアのチャートの話が出てきた。
「エヌビディアの過去のチャートを見ると、2018年に大きく上がったあと下落して、この時の下落率は60%近いものでした。2022年9月もピークからの下落率がこれぐらいになっていたので、そろそろいいかなと思ったことが1つあったのです」
「そもそもエヌビディアは昔から、大きく上がって、いきなり下がって、そのうちまた上昇トレンドに戻るという動きを繰り返してきた株なんです。エヌビディアはかなり昔に1回投資したことがあり、それ以降、ずっと見てきた株でした」
「かなり昔」とはいつのことか? ポール氏に聞くと、その答えは「2000年」だった。今から20年以上も前のITバブル期のことだ。
[参考記事]
●私の歩んできた道(1)ネットバブルに乗り、バブル崩壊前に株を売り切った! バブルを若いうちに実感できた方がいい理由とは?
エヌビディアは今や株式市場のスター銘柄の1つだが、同社がまだ有名ではなかった20年以上も前から、ポール氏はエヌビディアをウオッチし、投資したこともあったのだ。エヌビディアの共同創業者であり、社長兼CEOのジェンスン・フアンがポール氏と同じ台湾系アメリカ人ということから関心を持った面もあったようだが、それにしてもポール氏は目をつけるのが早い!
買うタイミングを判断するにはチャートを見るのが重要だが、チャートだけで買うことはない
エヌビディア株を買いに出た時のチャートの見方について、ポール氏の話はさらに続く。
「これは株価に対する私の考えなんですが…。売り手と買い手、2人の人が市場に来て、この価格でいいですよと合意することによって株の取引は成立します。だから、もし、株価がずっと同じレベルにあったら、いろいろな人がそのレベルが正しい株価だと何回も投票したようなものですね。
エヌビディアの株価は2020年8月ぐらいから2021年5月ぐらいまで130ドル台を中心としたレベルで長い間、ずっと推移していました。それだけたくさんの人がこれぐらいが正しい株価だと考えたということです。こういうところはそこでいいと思って買う人がたくさんいたわけなので、サポートになる可能性が高いのです」
もみ合いが長く続いたことがあった130ドル台近辺にポール氏は注目していたわけだが、エヌビディア株が大きく上昇してから、再びこの130ドル台近辺まで下落してきたのがポール氏が買いに出た2022年9月だったということである。
その後、エヌビディア株は130ドル台を下に突き抜け、一時、108ドル台まで下がっているが、こういう時にどこまでも下がっていくかも…という怖さはポール氏にはないのだろうか?
「130ドル台を下抜けると、先ほどと同じ考え方で出てくるサポートは30ドル台までありません。けれど、エヌビディアの業績などを考えると、そこまで下がることは考えづらかったのです。AIに関して期待値のある銘柄ですし、それに止まらず、加速コンピューティング全般で恩恵を受けそうなど、好材料がいろいろとありました」
つまり、「いい会社」であるというファンダメンタルズ的な判断が先にしっかりとあった上で、チャートも利用するということだ。ポール氏がかつて在籍していたフィデリティ投信では運用の基本的な考え方がこのようなものであり、フィデリティ投信のすべてのオフィスにはチャートの専門家がいたという。
「どこで買うかというタイミングについては、チャートを見るのが重要なことの1つだと思います。やっぱり、過去の人たちの心理がいろいろとチャート上には見えますので。
けれど、チャートだけで買うことはありません」
AIのストーリーは本物か? 楽観視されているようにも見えるエヌビディア株にまだ上昇余地はあるのか?
2022年秋頃にかけてはずいぶん悲観視されていたエヌビディア株だが、2023年の秋口に入ろうとしている今現在はそれとは対照的にずいぶん楽観視されているように思える。
悲観の底にあったエヌビディア株を買ったポール氏はその点、どう見ているのか? エヌビディア株はまだ行けると見ているのか?
「株価が上昇してきた今の方が、安値をつけたような時よりもリスクが高まっていると考えるのが基本です。本来ならばそろそろ株価は下がってきてもおかしくありません。けれど、私は今回のAIの相場は本物だと思っています。
エヌビディアのGPUはAI開発にも使われるという材料も、エヌビディア株を買った理由の1つでしたが、ChatGPTが公開されるなどして、その後のAIへの注目度の高まり方は私が予想した以上のものがありました」
AIに注目し、AI関連銘柄であるエヌビディアを買い推奨したポール氏だが、その後の展開はポール氏の予想以上のものがあり、「そこは運が良かった面もある」とポール氏は話す。
ポール氏は実際に自分でAIを応用したサービスを使ってみて、これはスゴいと感じたという。そして、いろいろな人が同様に感じているだろうと考えたそうだ。
「ここに来てのAIの急速な発展は、空想の世界で描かれたドラえもんが現実化してしまったぐらいのインパクトがあると感じます。
AIが今のように話題になり始めたのは2022年11月ぐらいのこと。まだ1年未満の話です。AIは本物で、工業革命みたいなものになる可能性も結構あるのではないかと今は考えています。仮にこの動きが本物でなくても、みんなが話に乗ってくると思うので、足の長いストーリーになるだろうと考えています。
エヌビディア株はまだ売りのところに来ているとは思いません。短期的には行き過ぎているので、少し調整は入りそうですが、しかし、AIは本当に大きな話だと思います」
ポール氏はエヌビディア株がまだ行けると見ている。本当の売り時はいつやってくるのか? 今後のポール氏の連載やメルマガでの発信に注目したい。
ハイテク株の女王、キャッシー・ウッド率いるアークの旗艦ファンドは低迷が続いている。ポール氏とキャシー・ウッドの違いはどこにあるのか?
前回記事で触れたとおり、ポール氏はバーベル戦略をとっていて、石油株などにも投資しており、テクノロジー株一辺倒というわけではない。ただ、ここのところはポール氏推奨ポートフォリオの中で、テクノロジー株の活躍が目立っていたのも確かだ。
けれど、テクノロジー株といったっていろいろとある。コロナショック直後はテクノロジー株なら何でも上がるような相場になったこともあったが、その後はそんなにイージーな相場にはなっていない。
その証拠にハイテク株の女王ともてはやされたキャッシー・ウッド率いるアークの旗艦ファンド「アーク・イノベーションETF」(ティッカー:ARKK)のチャートを見てみてほしい。
虫眼鏡でも使って子細に眺めれば、2023年はそれなりに上昇していることがわかるが、それ以前の下落があまりにも激しすぎたため、俯瞰で見れば、直近は地を這うような動きが続いているようにしか見えない。カリスマ視されてきたキャッシー・ウッドのETFでもこんなことになっているのだ。適当にテクノロジー株をいくつか買っておけば儲かるというような楽なことにはなっていない。
ポール氏とキャシー・ウッドの違いはいったいどこにあるのか?
「アークは赤字の会社、夢を売っている会社に結構投資していましたが、こういう会社はFRB(米連邦準備制度理事会)の急激な利上げの影響を受けました。私がポートフォリオに入れていたメタ・プラットフォームズ(ティッカー:META)やネットフリックス(ティッカー:NFLX)などは利益をしっかり出していたので、利上げの影響をそれほど受けませんでした。
投資と投機、そのマインドの違いはよく理解しておいた方がいいと思います。
私は自分で投機的な取引をすることも時になくはないですが、基本的には投機ではなく、投資を行っています。赤字の会社を買うのは投機の世界にちょっと入ります。私は一時的に赤字になっていると思われる会社など、赤字の会社を買うことも時にあるものの、基本的には赤字の会社は投資対象にしていません」
「アーク・イノベーションETF」の組み入れ上位銘柄にはロク(ティッカー:ROKU)、コインベース(ティッカー:COIN)、ユーアイパス(ティッカー:PATH)など赤字の期間が長い銘柄が含まれている。そういう株が上昇することもあるが、それは投機の世界に足を踏み入れた行為であることを理解しておいた方がいいとポール氏は言う。
赤字の会社はだいたいは夢を売っている会社。株式市場には詐欺的と感じる部分もある
そして、赤字の会社が売っているものは「夢」なのだとポール氏は表現する。
「赤字の会社はだいたいは夢を売っている会社です。株式市場には夢を売っている人がたくさんいます。モノを作るのは難しいですが、夢を売るのはある意味、簡単です。何か夢を売って株価をすごく上昇させて売り抜き、あとはもう知りませんみたいなことがいっぱい起きているんです。
その意味で、株式市場は詐欺的と感じるところもあります」
ポール氏は以前、ザイ・オンラインの連載記事で植物性代替肉の専業企業、ビヨンド・ミート(ティッカー:BYND)について解説したことがあった。
[参考記事]
●話題のビヨンド・ミート(BYND)は買えるのか? ピーク時から94%も株価が下落! 植物性代替肉は投資家の夢をかなえてくれるのか?
このビヨンド・ミートはまさに夢を売っている会社だったが、その株価は最高値から90%以上も下落し、低迷したままだ。
夢は儚い。朝が来て、眠りから目覚めれば、夢は泡のように消える。
とはいえ、夢を売るところから始めて成功した例もなくはないとポール氏はつけ加える。その好例はテスラ(ティッカー:TSLA)だ。
「テスラは、最初は夢の会社でした。
イーロン・マスクは夢を語ってみんなを説得し、それによって株価は上がり、上がった株価を利用して資金調達して設備投資などをいろいろやって、結局、今は電気自動車(EV)というモノをちゃんと作るようになっています」
人間は夢見る生き物である。夢見ることがめざましい飛躍につながることもある。先ほど挙げたビヨンド・ミートの記事で、ポール氏も夢を売る会社への投資法について言及している。
しかし、それは安定的に資産を成長させ、FIREを目指す投資家にとって王道の投資法ではないともポール氏は言う。詳しいことは先に挙げたポール氏によるビヨンド・ミートの解説記事を見てみてほしい。
(「日本にGAFAが育たなかった真の理由とは? 今の日本が安定しているのは歴史的に見れば異常!?為替相場の大きな変動は不安定化の兆しかも」へつづく)
(取材・文/フリーライター・井口稔)
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガを配信中。
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