「勝者のゲーム」と資産運用入門

台湾を巡って緊張が一気に高まる。本格化すれば、マーケットに与える影響は甚大。2023年の地政学リスクとして認識せよ太田忠の勝者のポートフォリオ 第44回

2022年8月10日公開(2022年8月10日更新)
太田 忠
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日本の排他的経済水域(EEZ)に中国の弾道ミサイルが5発落下

 先週木曜日、中国人民解放軍が台湾をぐるり取り囲む6カ所の空・海域で軍事演習を始めた。日本の与那国島や波照間島からもわずか60キロメートルの至近距離にある。中国は弾道ミサイルを発射したが、もちろん日本のEEZにたまたま落下したわけではなく、日本のEEZに向けて意図的に狙って発射したのだ。一方、台湾では4発の弾道ミサイルが台湾本島上空を初めて飛んだ。安倍晋三元首相は「台湾有事は日本有事」と述べていたが、まさにその初動である。中国が台湾を軍事併合する行動に出れば、日本も直接的な影響を免れない。

 今回の中国の軍事演習はもちろん、ペロシ米下院議長の台湾訪問に反発したものだ。皆さんご存じのようにペロシ氏は法の支配や人権を顧みない中国を厳しく批判する反中国主義者である。民主化を求める学生らを中国共産党が武力で鎮圧した天安門事件後、天安門広場で「中国の民主主義のために亡くなった人々に」の旗を掲げた人としても有名だ。そして、今や事実上米国におけるナンバー3の超重要人物だ。中国側は事前に彼女が台湾を訪問しないよう強く申し入れをしていたが破られた。今回の軍事演習はもちろん国内外に向けたパフォーマンスの面も強いが、台湾と米国との緊密化を嫌う中国のかなり本気の対抗姿勢だ。台湾と日本に直接ミサイルを撃ち込むのは単なるパフォーマンスの域を越えている。

 台湾の蔡英文総統はその日のうちにビデオメッセージを発表し、「台湾だけでなく国際社会にとって無責任なやり方だ。中国に理性と自制心を持つことを強く求める」と非難した。また、予定されていた日本と中国の外相会談は中止された。

中国共産党の野望は「手段を択ばぬ世界征服」

 ところで、皆さんは中国の野望(正確には「中国共産党」の野望)をご存じだろうか? 昨年、中国は国際社会の非難をものともせず香港を力づくで制圧した。南シナ海の南沙諸島の3礁を完全に軍事要塞化し、さらには南太平洋への進出を加速した。一方、東側は「一帯一路構想」でアジア、ヨーロッパ、アフリカにまたがる周辺各国を巻き込みながら着々と領土を広げている。特にアフリカでは「経済発展のための手助け」と称して資金提供やインフラ整備にまで乗り出し、結局「貸し剥がし」の形で彼らの財産を奪い取り、無防備なアフリカの国々を次々と中国の支配下に置いている。

 中国の野望は要するに「手段を選ばぬ世界征服」であり、世界地図を赤く染め上げることだ。だから中国共産党は反対勢力が出ないよう国内でも恐ろしい言論統制を敷いている。このような独裁国家に対話戦略など機能しない。今彼らは日本に対してこう言っている。「中日は関係する海域でまだ境界線を画定していない」「日本の言うEEZの見解を中国は全く受け入れない」と。要するに、日本の海域も中国の支配下に置こうとしている。だから連日、日本の海域に中国船が入ってきて「自分たちのもの」という既成事実を作り上げようとしている。日本が「重大な懸念」「まことに遺憾」などと言っていても、そんなことは知ったことではない。「中国のすることにごちゃごちゃ言うな」「お前らにとやかく言う資格はない」「国際社会で決めたルールは紙クズ」と言い放って一蹴されるだけだ。

軍事力を飛躍的に増強した中国の前に、従来の日米モデルの継続は困難に

 中国の軍事力は飛躍的に増強された。2022年の中国の国防予算は1兆4504億元となり、1996年に比べて20倍だ。地上発射型の弾道ミサイルを600基まで増やし、米空母を標的にする「DF21」や米グアム領を射程とする「DF26」を大量に配備している。

 「日本には日米安保条約があるから、いざ有事の際には米国が助けてくれる」などと考えるのは絵空事だ。ロシアによるウクライナ侵攻を見るがよい。あれほどの有事があっても他国はほとんど手出しせず、結局頼れるのは自国の力だけだ。「自分の身を守るのは自分」という個人レベルでは当たり前のことが、日本は国家レベルで全くできていない。日本は戦後、防衛の大部分を米国に委ね、その分の予算を経済に回して発展してきたという側面がある。しかしながら、米国の衰退と中国の台頭で戦後の日米モデルの継続は困難になり、ロシアのウクライナ侵攻でそれが決定的となった。

 現在の日本の防衛費はGDPの1%。今後5年で2%近くに引き上げる検討をしているが、それでは全く追いつかないレベルだと思う。「空想的かつ非現実的平和主義」から抜け出し、米国だけでなく西側諸国も巻き込んで、専門チームを発足させ強烈な対抗策の枠組みを打ち出し実践する必要がある。中国共産党は毎日、毎日、世界征服に向けた真剣な戦略会議をおこない、世界中であらゆる機会を伺い、仕掛け、どんどん成果を上げているのだ。

中国リスクが本格化すれば、ウクライナ侵攻時の株価下落では済まされない

 さて、中国の軍事行動がマーケットに与える影響についてである。由々しき事態が起こっているにもかかわらず、先週の世界市場はほぼ無反応だった。一番緊張感が高まったのは、ペロシ氏が台湾に到着する直前の時間帯だけだった。今秋に習近平がルール破りとなる3期目の国家主席に就任すれば、当然のことながら台湾の軍事併合を目指して動き出す。私の個人的見方では、早ければ来年中にも大きな具体的な動きが出てくるのではないか、と考えている。

 ロシアによるウクライナ侵攻は「地政学リスク」として認識され、日経平均は3月9日に2万4717円にまで下がって今年の安値を付けた。経験則では地政学リスクの下落率は10~15%程度。しかし、中国の軍事的地政学リスクが本格化すれば、その程度の下落では済まされないと思う。市場参加者が認識しておくべきリスク要因である。

●太田 忠 DFR投資助言者。ジャーディン・フレミング証券(現JPモルガン証券)などでおもに中小型株のアナリストとして活躍。国内外で6年間にわたり、ランキングトップを維持した。プロが評価したトップオブトップのアナリスト&ファンドマネジャー。現在は、中小型株だけではなく、市場全体から割安株を見つけ出す、バリュー株ハンターとしてもメルマガ配信などで活躍。

 

 

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