S&P500などの米国主要株価指数は8月中頃から下落基調となり、9月末に向けて下落を加速させました。ところが、10月に入ると一転急反発。乱高下する株式市場が今後どうなるのか、気になる人は多いだろうと思います。
この間、アメリカの市場でとりわけ注目を集めてきたのはアメリカのインフレ率がどうなるのか、それを受けて、FRB(米連邦準備理事会)がどんなペースでどこまで利上げをしていくのかといったことでした。
そこで、今回はアメリカのインフレ率、金利と株価の行方について、私の考えをお伝えしたいと思います。
また、アメリカの影響をどうしても受けるのが日本です。アメリカの市場の動きが日本の金融政策/日本経済/日本人に与える影響についても触れたいと思います。
8月の米CPIは8.3%。減速はしてきたが、まだ高水準。これを見て、FRBは利上げの姿勢を強めた
9月13日に発表された8月の米CPI(消費者物価指数。季節要因調整済み)は前年同月比8.3%でした。これを見て、FRBはもっと金利を引き上げないと…という姿勢になりました。
米CPIは7月が8.5%、6月が9.1%でした。米CPIはまだ高い水準にあるものの、6月、7月、8月と低下傾向にあるのも確かです。8月の米CPIが少しおさまってきたのはガソリン価格の下落が効き始めたためです。
しかし、米CPIでも、変動の大きいエネルギーと食料品を除いたコア指数は動きが異なっていました。8月のコア指数は前月比0.6%の上昇。つまり、7月に比べて0.6%上昇してしまったのです。7月は前月比0.3%の上昇でしたから、その2倍の数値ということになります。
8月のコア指数は前年同月比では6.3%の上昇。7月は5.9%の上昇でしたから、それより高い数値になりました。コア指数を押し上げた要因は住宅、医療、大学学費の上昇です。
FRBの見方は変わりました。アメリカのインフレは当初、自動車や航空料金など、コロナ禍での供給不足によって生じた狭い品目に止まっていました。しかし、今は幅広い品目でインフレが進んでいるように見えます。
株価形成に重要なのはインフレ率ではなく金利
9月2日に発表されたアメリカの8月の失業率は3.7%でした。7月の3.5%よりは上昇しましたが、失業率の絶対的水準としては低いレベルです。賃金は上昇し、企業も値上げをしているようです。このようなサイクルに入ると、インフレ率はなかなか低下しない可能性が高くなるとFRBは見始めています。
このような流れの中、9月FOMC(米連邦公開市場委員会)での利上げは0.75~1.00%になるというのが市場の描くメインシナリオとなり、それを受けて株価も下落しました。
そして実際、9月20~21日のFOMCでは0.75%の利上げが決定されました。
また、FOMC委員による金利見通しを示すドット・チャートは、前回6月公表分から大幅に上方修正され、2022年末の政策金利は4.25~4.50%との予想が多数派となりました。
株価形成に重要なのはインフレ率ではなく金利です。
金利が上昇すると、企業が稼ぐ将来の利益の価値が下がります。簡単にいうと、金利が高くなるとリスクを取って株でリターンを得るより、低いリスクの債券でお金を稼ぐことが相対的に魅力的になるのです。
市場は10年の平均期待インフレ率を2%ちょっとと見ている
ここでインフレ率と名目金利について説明したいと思います。
アメリカの物価連動国債(TIPS)などから算出されるブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)を見ると、市場は10年の平均期待インフレ率が2.24%(※)と見ていることがわかります。
(※10月4日現在)
この数字の推移はセントルイス連銀が提供しているサイトで見ることができます。足元では下落方向とわかります。
米10年物国債の利回りは3.62%(※)です。ここから10年の期待インフレ率2.24%を引けば1.38%。市場は実質金利(インフレ分を差し引いた金利)を1%台前半と見ていることになります。
(※10月4日現在)
ミシガン大学消費者信頼感指数を見ると、一般市民のインフレ期待は全般的に下がっています。港湾料金、自動車価格など、コロナ禍によるサプライチェーンの問題に起因して上がっていたものの値段は下がり始めました。
米インフレ率はまだ高いが、おさまり始めた。株価はFRBの利上げをある程度、織り込んだ
ここまでをまとめましょう。
8月の米CPIの数値は高く、FRBはインフレを心配しています。ただ、FRBの金融引き締め政策は遅れ気味ですが、それでも効き始めています。FRBは政策金利を2022年末に4.25~4.50%に上げてきそうです。
8月中旬から米国株は急反発を挟みながらも下落を続け、9月FOMC以降もしばらく下落が続きました。インフレ率の数値は緩やかなペースながら改善傾向にありますし、これだけ株価が下がれば、4.25~4.50%までの利上げはある程度織り込み済みだろうと考えます。
インフレは10年平均で2%台に収まるだろうというのが債券市場の見方で、私もそうだと思います。これまでは実質金利がマイナスとなっていましたが、これはコロナ禍の特殊事情によるものなので、コロナが収まった今、実質金利は1~2%台に戻ると思います。
米国経済は名目金利3~4%台という水準なら耐えられる。過去もそうだった
名目金利が3~4%台であれば、株価はいずれ安定してくるでしょう。米国経済はこの程度の金利水準には耐えられると思います。例年の労働生産性改善が年率2%程度ということから見ても、実質金利2%台なら大丈夫と考えられます。
2000年から2008年のリーマンショックまで、米国の実質金利は1~2%、名目金利は3~4%のレベルでした。その時、株価は上昇していました。
低金利に過度に依存してきたベンチャーに近い会社も今回の金利上昇によってすでに淘汰され始めたので、これからはここ数年のような株価急落はなくなりそうです。
その一方、世界各国はすでに国債をたくさん発行し、借金が積み重なっている状況ですから、ものすごく大幅な利上げもできなさそうだと思います。
しかし、4~5%程度の名目金利でも、日本からみればずいぶん高いです。今の日本はマイナス金利政策を続けていますから、円安傾向は続きます。
日本が利上げすることは政治的・政策的に難しい。円高リスクより、円安リスクのほうが高い
以前はゼロ金利もしくはマイナス金利という状況にアメリカも日本もありました。しかし、今は状況がガラッと変わり、アメリカが急激に利上げを行なう一方、日本はまだ利上げしていません。けれど、アメリカの金融システムの影響下にある日本は、結局はアメリカの都合についていくしかないでしょう。
あり得そうな結果は、円安が続き、日本でも持続的なインフレが起こることです。そうなれば、日本も利上げを行って、物価と為替を安定させるしかないでしょう。しかし、日本経済は長年、低金利またはマイナス金利に慣れていて、金利が上がると、倒産が増え、企業・家計は耐えられなさそうです。
日本が利上げすることは政治的・政策的に難しいことでしょう。しかし、円安が続き、インフレ率が高まってくるとやはり問題です。アメリカのインフレと利上げという津波に対応することは、日銀にとっては相当、頭の痛い問題だと思えます。
1つ言えるのは円高リスクより、円安リスクのほうが高いということです。
このコロナ禍を起点に発生した、米国からのインフレの津波は日本経済、為替、金利の大きな転換点・ショックになりつつあると考えます。
ですから、今、ほとんど国内資産しか持っていない日本人は、外貨や外国株へ分散投資するのが急務になると言えるでしょう。
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガを配信中。
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