スイスの金融大手UBSがクレディ・スイスを4200億円で買収決定
先週日曜日の3月19日にUBSがクレディ・スイス・グループを30億スイスフラン(4200億円)で買収することが決定した。米国SVB(シリコンバレーバンク)の経営破綻が飛び火し、顧客預金の流出懸念からクレディ・スイスの株価は急落していたが、スイス政府の後押しもあり買収が実現した。リーマンショックの教訓が生かされた迅速な決定と言えよう。
米連邦準備理事会(FRB)など日米欧の6つの中央銀行はクレディ・スイス買収発表の直後、協調してドル供給を強化すると表明。相次ぐ銀行の経営不安に対応し、金融機関が資金繰りで問題を起こさないよう安全網を拡充する。すでに3月20日より施策を開始しており、少なくとも4月末まで継続する予定だ。
今回の買収劇で約2.2兆円のAT1債が全損となり、債券保有者に動揺が走る
実はクレディ・スイスの財務指標は金融当局が求める厳しい水準を上回っていた。かつての金融危機を経て規制強化が進み、経営は健全化したはずだったが、株価急落で1日あたり100億スイスフランもの大量の預金流出で流動性が急速に失われ、クレディ・スイスは生き残れなくなった。UBSによるクレディ・スイス買収ならびに日米欧の6中銀によるドルの潤沢な供給により、ひとまず金融ショックは和らいだかに見えたが、クレディ・スイスが発行したAT1債の扱いが波紋を呼んでおり注視する必要が出てきている。
AT1債とは銀行の資金調達の一種で、AT1とは「Additional Tier 1」の略語。銀行の資金調達には預金や社債などがあるが、リーマンショック後に銀行が資本基盤を増強するために、資本の一部として認められた償還期限のない永久劣後債(利回りは高いが、銀行の破綻時に預金や社債に比べて弁済が後回しにされる債券)である。今回のUBSにおけるクレディ・スイスの買収において、クレディ・スイスの株式は保全された代わりに、AT1債券(2.2兆円)を全損としてスイス金融当局が認めたため、債券の保有者に動揺が走っている。
株式を保全し、AT1債の価値をゼロにした措置が及ぼす行方を注視
通常は銀行が破綻した場合、株式が無価値になりAT1債には価値が残るが、その逆が起こった。株主が救われ、AT1債の保有者の資産がゼロになったわけである。当然ながら、被害を被った投資家の不満は大きく、集団訴訟を起こす動きが出ている。スイスの金融当局は「目論見書と存続に関わるイベントが発生した場合の緊急法令に従った」と釈明に追われている。AT1債を発行しているのはほとんどが欧州の金融機関であり、世界に36兆円の残高が存在すると言われている。
欧州の劣後債市場で現在、AT1債のコール(期日前償還)がおこなわれるかどうかの懸念が出ていると報じられている。最も心配されているのが6月3日に償還可能になるイタリアのウニクレディト債(残高13.3億ドル)だ。通常の利回りは10%弱程度であるが3月22日には29%へ急上昇した。想定された償還日が迫る中で額面割れになり利回りが上昇しているためだ。AT1債は永久劣後債であるが、実は発行企業の判断で早期償還が可能である。投資家も信用リスクを考慮して、償還されることを前提にAT1債を購入している。米国のシリコンバレーバンクの破綻から飛び火したクレディ・スイスAT1債の全損は、投資家に保有リスクの再検討を促している。
欧州の劣後債市場は要警戒だが、SVB破綻に端を発した金融不安は後退
3月24日の欧州株式市場では銀行株への売り圧力が続き、ドイツ銀行は9%安と5か月ぶりの安値を付けた。同行のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ:債務不履行リスクを評価する金融商品)の5年物が2.2%台まで上昇して2018年以来の高水準となった。欧州中央銀行(ECB)は3月20日にAT1債について「新たな金融機関救済の際には、株式より劣後する損失処理方法は否定する」との声明を出したが、今後の動向には要注目である。
ところで、3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)ではこのところの金融不安から「利下げもありうるのでは」との観測も出ていたが、予定通り0.25%の利上げをおこなった。2023年末の政策金利中央値は5.1%と昨年12月の見通しを変えなかったことから、利上げはあと1回の0.25%との見方が示された。最近の長短金利の下落は「利上げ停止」という面と「景気減速」という面の2つの側面を反映しており、引き続き投資家心理は楽観論と悲観論が交互に入れ替わることが予想される。金利低下でバリュー株に比べてグロース株が選好される傾向が出ているが、この動きが定着するかどうかは微妙なところだ。いずれにせよ、ECBおよびFRBはインフレ抑制を優先させてそれぞれ0.5%と0.25%の利上げを立て続けに発表しているため、金融機関を取り巻く環境はマーケットの動揺ほどには深刻な状況ではないといえる。リーマンショックの再来のような可能性はほとんどないと私は考えている。
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●太田 忠 DFR投資助言者。ジャーディン・フレミング証券(現JPモルガン証券)などでおもに中小型株のアナリストとして活躍。国内外で6年間にわたり、ランキングトップを維持した。現在は、中小型株だけではなく、市場全体から割安株を見つけ出す、バリュー株ハンターとしてもメルマガ配信などで活躍。
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