株価が安値で放置されている三菱鉛筆は実質、無料で買収できてしまうことに!?
先ほど理論上、三菱鉛筆は900億円ぐらいで買収できると書きましたが、この金額、900億円で三菱鉛筆を買収したと仮定して、話を進めましょう。
すぐに476億円(現金)+146億円(有価証券)=622億円が手に入ります。900億円で買収したのですから、900億円-622億円=278億円となり、実質的に使った資金は278億円というような計算になります。
三菱鉛筆の借入金は45億円ほどしかありません。一方、純資産は976億円もあります。
借入れを300億円ぐらい増やすことは普通に考えると可能でしょう。会社が支払っている金利は現在、0.7%ほどしかありません。たとえば、金利が1%とか2%になったとしても、300億円ぐらいの借入れで、年間3~6億円程度の金利支払いしか発生しません。フリーキャッシュフローは40億円もあるので、十分その範囲内でカバーできます。
話をまとめます。上記のように買収と借入れを行えば、買収によって三菱鉛筆を100%所有したとして、すぐにその100%のお金を特別配当として会社から出すことができます。つまり、三菱鉛筆は実質、無料で買収することができるのです!
こんなおいしい話は世の中にはないでしょう! 1000円が路上に落ちていれば、拾う人はすぐいるでしょう。まして、毎年現金を40億円生み出すドル箱です!
株価が安値で放置されていても、なぜ三菱鉛筆の経営陣は安泰でいられるのか?
ここからは、株価がこんなに安く放置されていても、なぜ三菱鉛筆の経営陣が安泰でいられるのか、その理由を説明します。
経営陣は現金の割合が多いことはよくわかっていると思います。何もしないと、買収されるかもしれないとわかっています。日本株を狙うアクティビストの存在も認識していると思います。
その対策として、三菱鉛筆は2019年に買収防衛策を導入しました。簡単にいうと、買収防衛策は経済合理性とは関係ない理由で、買収を抑止することができるものです。
会社四季報によると、三菱鉛筆の株主構成は10.4%が自己株式、24%以上が銀行と保険会社です。経済合理性では動かない株主/株価が高くても売らない理由を説明しなくてもいい株主はあわせて約30%ほどを占めていると見られます。
特定株は47%、浮動株は4.8%で、投信と外国株主をあわせると10%ちょっとになります。こういった株主構成を見ると、買収に応じない可能性、または買収に抵抗できる可能性は高いと思います。
ドイツの筆記具の会社、ファーバーカステルは筆記具業界がいかに安定している、いい業界かを示している
三菱鉛筆は三菱グループの企業ではありませんが、三菱UFJ銀行が大株主の1つになっています。また、三菱グループの創業家も今の三菱鉛筆の社長の一族と間接的に姻戚関係があります。なので、三菱鉛筆に何かあれば、三菱グループは助けにくるのではないかと思います。
ファーバーカステル(Faber-Castell)というドイツの筆記具の会社があります。ファーバーカステルは年間800億円の売り上げがあって、規模的には売り上げ年間600億円台の三菱鉛筆より少し大きいぐらいです。
同社の創業は1761年。今は9代目の子孫の兄弟4人がオーナーとして経営しています。このことで、いかに筆記具業界が安定している、いい業界であるかがわかります。
三菱鉛筆とファーバーカステルは両方、オーナー一族が支配できていますが、両社には違いもあります。ファーバーカステルは上場していないのです。
三菱鉛筆は上場して市場から資金を調達しています。また、三菱鉛筆の創業一族・経営陣は三菱鉛筆株をたくさん保有しているわけでもないようです。つまり、三菱鉛筆のオーナー一族は資本を入れずに会社を支配できているということです。
いいか悪いかは別として、このような上場企業は日本には多いです。その企業に投資しようとする際、株主としては、認識しておくべきことだと思います。
米国筆記具業界の有力企業は、なぜ三菱鉛筆よりも株価が高く評価されているのか?
このような状況だと、個人株主から見て、三菱鉛筆株の本当の価値はなんでしょうか? 配当の価値の分しかないでしょう。株価は現在、配当利回り2.3%ぐらいで取引されています。会社の本来の価値で取引されているとは言えません。増配されない限り、株価はあまり動かないでしょう。
とはいえ、大きな増配は期待しづらいと思います。買収防衛策を導入したことや、経営陣が株をたくさん保有していないなどの理由で、株主と経営陣の間のインセンティブは一致せず、利害関係は対立しているからです。
今は米国債の利回りが、1年ものでも4.75%ほどもあります。株価変動のリスクをとって、配当利回りが2.3%とこれより低い三菱鉛筆株を買う必要はないと思います。三菱鉛筆の場合、投資家は純資産などを見て、安いと判断すると間違ってしまいます。
台湾の金瓜石にある黄金博物館には220㎏の金塊が展示されています。展示ケースには穴が空いており、手を入れて、金塊を触れます。しかし、穴は小さく、金塊は重くて、取り出すことはできません。触るだけで満足するしかないのです。三菱鉛筆の株主はちょうど同じような心境かもしれません。
私が配信しているメールマガジンでは、米国にある筆記具業界の有力企業、つまり、三菱鉛筆の競合企業を詳しく分析する予定です。
ここではその社名は挙げませんが、その会社は多数の筆記具のブランドを持っています。また、小型家電、子供用品、アウトドア用品のブランドも持っています。
この会社のEVは114億ドルで、経常利益の11~12倍ほどです。EVの対経常利益倍率は三菱鉛筆の4倍強ほどにもなります。なぜ、そうなっているかというと、この会社には買収防衛策がないからです。株主には有名なアクティビストのカール・アイカーンもいます。会社は経済合理的な動きをせざるを得ないのです。
資本主義・株主至上主義の米国株で稼いで、社会主義的な日本に住み、福利厚生をエンジョイするのが一番いい!?
ここまで見てきた事例からわかるポイントは……
(1)株は財務諸表上、安いからという理由だけで買うのは危険です。特に日本株には割安な銘柄がいつまでも割安なまま放置される「バリュートラップ」が多いです。三菱鉛筆の場合、株主は会社の所有者としての存在感が薄いです。三菱鉛筆の実質的な会社の所有者は経営陣と言えるでしょう。「会社の所有者は株主である」ことを基礎にしている証券分析は通用しないとも言えます。
(2)日本よりも米国の方が資本市場が株主寄りで、株式市場は効率的です。ミスプライス(不適正な価格付け)は調整されます。なので、投資家はミスプライスを見つけたら、いつかはそれが適正な株価に戻ると期待できます。
日本では、特に中小型株では、PBR(株価純資産倍率)が1倍を割れている会社がよくあります。会計上の解散価値よりも安い価格で株が取引されているのです。しかし、安くてもバリュートラップがよくありますので、銘柄選びは厳選する必要があります。
日本の政治・社会・経済システムは社会主義的と言われることがありますが、割安なまま放置されている銘柄が多いということは、そんな日本ではある意味、合理的な現象と言えるのかもしれません。
株主至上主義の米国の場合、株式投資で利益を出しやすい反面、社会に悪い影響が出ることも少なくないと思います。資本主義・株主至上主義の米国株で稼いで、社会主義的な日本に住み、福利厚生をエンジョイするのが一番いいやり方ではないでしょうか。
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガを配信中。
※メルマガ「ポール・サイの米国株&世界の株に投資しよう!」募集中! 米国株&世界の株の分析が毎週届き、珠玉のポートフォリオの提示も! 登録から10日以内の解約無料。