6月23日(木曜日)に英国で国民投票(レファレンダム)が実施されます。そこでは「英国は欧州連合(EU)にとどまるべきか?」が、直接、英国の有権者に問われます。
欧州連合とは、欧州28か国が参加する、政治ならびに経済のパートナーシップを指します。
EUは、もともと欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)という、生産調整のためのカルテルでした。
第二次世界大戦後、欧州の経済復興に際して、石炭や鉄鋼の生産能力が地理的にドイツに集中していたので、そのままドイツを復興させると、ドイツは余剰の鉄鋼をさばくため、市場を求めて再び侵略戦争をするリスクがありました。
生産調整のカルテルを作ったのは、そのためです。その後、ECSCは欧州連合(EU)へと発展します。
1980年代後半には「欧州域内でのヒト、モノ、カネの動きを自由にしよう!」という、いわゆる「シングル・マーケット」が提唱されます。具体的には域内での関税、通関、入管手続きの廃止へと動いていったのです。
そして最終的には共通通貨ユーロが導入されました。なお、ユーロはEUの全ての国が使っているのではなくて、19か国だけが使用しています。英国はポンドですので、共通通貨は使用していません。
EU離脱派と残留派の主張とは?
英国内の大企業と中小企業の立場も異なっている
EU離脱派は、EUからいろいろなルールを押し付けられすぎていると感じています。
英国がEUに支払っているメンバー・フィーは年間88億ポンドですが、それに対して経済的見返りが少ないのではないか? という意見もあります。
また「シングル・マーケット」のルールの下では国境のコントロールや不法入国の取り締まりがやりにくいという意見もあります。
なによりも英国のアイデンティティが薄れ、「欧州合衆国」になってしまうことが嫌だという意見が強いのです。
これに対し、EUに残った方がいいとする意見では、「シングル・マーケット」で輸出がしやすい、英国に来る移民は若くて労働意欲が高いので歓迎だ、大きなマーケットの方が経済成長を出しやすい、小さなマーケットで高齢化が進めば日本のようになってしまう、英国の国際的な発言力を維持できる、などを主張しています。
また、英国の大企業の多くは多国籍企業です。それらの企業は英国のみならず、世界で活動しています。
このためそれらの企業が欧州市場へアクセスが保証されなくなると、場合によっては欧州大陸に本社を移転することが考えられます。
英国の中小企業の悩みは大企業とはかなり異なっています。
EUはルールが多過ぎて、書類が煩雑であり、これが中小企業にとって大きな負担となっています。それを簡素化して欲しいというのが中小企業のいちばんの望みです。
その反面、一度書類を整えてしまえば、EUには通関手続き無しで輸出できるため、市場へのアクセスをこれまで心配する必要はありませんでした。しかしもし英国がEUを離脱すると欧州大陸市場へのアクセスが難しくなる懸念があります。
また中小企業は人材の確保に困っています。海外から英国に働きに来る労働力は、若くて勤勉なため、そのような人たちを採用できなくなると困ると主張する中小企業の経営者も多いのです。
英国がEUを離脱した場合、
金融サービス業が最も打撃を受けやすい
英国の金融サービス業は国際的に見ても競争力があります。2013年の英国の金融サービス輸出は710億ドルで、これは主要国で最も大きい数字となっています。
英国の貿易黒字の大半は金融サービス業が稼ぎ出しています。
さらに英国の税収の12%は金融機関が納税したものです。
英国の金融サービス・セクターの雇用人口は210万人で、そのうち69万人がロンドンで仕事をしています。
つまり英国がEUを離脱すると、「ヒト、モノ、カネの自由な行き来」に依存することが多い金融サービス業が、とりわけ悪影響を受ける心配があるのです。
英国財務省はEUを離脱した場合
「GDP、平均賃金、住宅価格が下落し、失業者増」と試算
英国財務省の試算では、離脱シナリオでは英国のGDPは-3.6%になるとされています。
失業者は52万人増え、失業率は1.6パーセンテージ・ポイント上昇すると見られています。
平均賃金は-2.8%下落し、住宅価格は-10%下落するそうです。
つまり「離脱すると経済がムチャクチャになる」というのが政府の公式見解なのです。
投資先として考えるべき3つの銀行株
英国がEUに残留すればポンドの急反発も
この国民投票は、どのような投資機会を生んでいるのでしょうか?
まずポンドは国民投票前の不安心理を反映して軟調な展開になっています。
もし英国がEUに残留すると決まれば、ポンドが急反発することが考えられます。
次に銀行株も離脱リスクを織り込んで、安値で取引されています。
◎ロイズ・バンキング・グループ
ロイズ・バンキング・グループ(ティッカーシンボル:LYG)は英国国内で個人・中小企業向けに事業展開しています。「ロイズ」「ハリファックス」「バンク・オブ・スコットランド」という3つの消費者から親しまれているブランドで店舗展開しており、総店舗数で英国最大です。

同行は住宅ローンを中核に据えています。国民投票で英国がEUから離脱することになり、上で紹介したような英国財務省の描く悪いシナリオが現実化すると、住宅価格が-10%下落するわけですから、そのシナリオではロイズ・バンキング・グループも大きな痛手を受けるでしょう。
同行はリーマンショック後に経営危機に陥り、救済を受けた関係で、英国政府が43.4%の株主になっています。
特にPPIという商品が問題化しました。PPIとは、失業や病気に罹って働けなくなったときのためのローン返済保険です。勧誘の際の説明が不十分だったとして英国の金融監督当局、金融サービス機構(FSA)から監査が入り、指導されました。その補償金が同行の業績の足を引っ張ってきました。
一般に欧州の銀行は米国の銀行に比べて収益性が低い(本文末尾の一覧表参照)のですが、その中でもロイズ・バンキング・グループの収益性の低さ(総資産利益率は、僅か0.16%)と支払い遅延ローンの多さ(Tレシオ23.7%)が目立っています。
◎バークレイズ
バークレイズ(ティッカーシンボル:BCS)は325年の歴史を誇る英国の老舗銀行ですが、現在の事業の中核は投資銀行です。
投資銀行部門は同行のリスク加重資産の57%を占めており、英国リテール銀行部門(20%)を圧倒しています。
しかし投資銀行部門はリーマンショック以降、経営環境が悪化しており大きな戦略修正を余儀なくされています。このため同行はリスク・テーキングを控え、ばっさりと資産を落とすことを実行しています。
さらにアフリカ事業など非戦略事業の売却を進めています。

バークレイズの個人・中小企業向けバンキング事業は1600万口座を持ち、とりわけクレジットカードは1100万口座と英国1位です。
バークレイズも、英国が国民投票でEU残留を選択した場合、株価の大幅上昇が期待できます。
◎ドイツ銀行
ドイツ銀行(ティッカーシンボル:DB)はドイツの大手銀行で、フランクフルト、ロンドン、ニューヨークに大きな拠点を持っています。
一見すると、同行は英国のEU離脱国民投票とは無関係のように思われるかも知れませんが、実はロンドンの拠点の貢献度は大きく、離脱シナリオで受けるダメージは上記2行と変わらないほど大きいと思われます。
ドイツ銀行は世界の投資銀行の中でも最後まで債券トレーディングを重視した経営戦略を堅持してきました。
しかし債券のビジネスは、高速トレーディング(HFT)などの普及で、構造的に儲からなくなってきています。
またリーマンショック以降、米国で施行されたドッド・フランク法で、従来のように大きなリスクを取ることが出来なくなりました。
これも同行にとって逆風となっています。
それらの要因が重なって、ドイツ銀行の株価は、人気離散している銀行セクターの中にあっても、とりわけ酷いパフォーマンスとなっています。
去年から新しくCEOに着任したジョン・クライアンは、トレーダーの出身ではなく、M&Aバンカーの出身です。銀行のリストラの専門家だけに現在、ドイツ銀行が最も必要としているタイプの経営者だと言えます。彼の経営手腕に期待したいと思います。
欧州の銀行は、日米の銀行ほど儲かっていない
下は世界の銀行の収益性と自己資本比率を比較した一覧表です。
ROA=総資産利益率、NIM=純金利マージン、T1コモン=ティア・ワン・コモン・エクイティー対リスク加重資産比率、Tレシオ=支払い遅延ローン÷(タンジブル・コモン・エクイティ+貸倒引当金)
このうちROA、NIM、T1コモンは、数字が大きいほど良く、T(=テキサス)レシオだけは数字が小さいほど良い数字です。
全体的に言って、今回紹介した各行は、米国や日本の銀行に比べて儲かってないことに注意が必要です。
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