金融庁が国民向けの金融教育を国家戦略として推進する体制作りを提言
前回の第47回コラムは「NISA改革でさらに改善を図ってほしいのがこれだ!」というテーマで議論した。金融庁は今、水面下でいろいろと動いており、先週火曜日の日本経済新聞で「金融教育、国家戦略に」と大きく報じられた。
金融庁は今月開催する「新しい資本主義実現会議」において、金融教育を国家戦略として推進する体制づくりを提言する。岸田文雄首相が掲げる資産所得倍増プランの目玉は何と言っても、前回のコラムで話題にしたNISA(少額投資非課税制度)の恒久化だが、これはあくまで投資の枠組みの改良の話だ。「貯蓄から投資」を促し、適切な資産形成を加速させるためには当然のことながら、買い手(個人投資家)と売り手(金融機関)のリテラシー向上が欠かせない。金融庁は「新たな成長が国民に還元される金融システムの構築」を掲げ、金融庁の施策による効果が国民に幅広く行き渡るようにする方針だ。併せて、売り手側の金融商品の販売勧誘ルールを今一度点検し、買い手側の金融リテラシー向上を促す「金融教育」も盛り込むとのことである。
このような金融教育の推進案は、今回が初めてではない。2005年6月に金融経済教育懇談会において、初等中等教育で金融教育を推進するべく「学習指導要領に加える」という要旨をまとめるところまでいった。ところが、その後のリーマン・ショックやチャイナ・ショックなどで株式市場が急落し、投資環境が悪化する度に金融教育の機運が低下したという経緯がある。ようやく実現したのは今年になってからだ。学習指導要領の改訂で2022年度から高校の授業で金融教育の授業が必修となり本格的にスタートした。もちろん、それ以上の年齢の大学生や社会人向けには正式な教育がおこなわれる機会は提供されておらず、民間の金融機関や運用会社などが主体的に取り組んでいるのが実情である。この状況を改善すべく、官民が連携して金融教育を推進する体制を作り上げ、全世代を通じて平等に金融教育を提供するのが狙いである。非常に壮大なアイデアだと思う。
「貯蓄から投機へ」「貯蓄からギャンブルへ」に陥りがちな個人投資家
ところで、私が日頃個人投資家と接していてしばしば目にすることがある。それは貯蓄から一歩踏み出した人たちの行動が「貯蓄から投資へ」ではなく、いきなり「貯蓄から投機へ」さらには「貯蓄からギャンブルへ」という形になっているケースが目立つことだ。
「どうして資産運用をするのですか?」「資産運用の目的は?」と尋ねてみると、もちろん「将来のため」や「老後資金形成のため」という真っ当な返事が返ってくることが多いのだが、「投資をするからにはやっぱり一攫千金でしょ」というニュアンスがとても強いことに驚く。要するに、一般的な個人が求めているのは「株で一発大儲けしたい」「早く大金持ちになりたい」ことであり、本来の投資であるべき姿の「着実に資産形成をおこなう」という姿からは程遠いのだ。
新聞の社会面をよく賑わすのが、ありもしない高リターンを謳い、「あなたも手軽に稼げます!」というキャッチフレーズにつられて、訳の分からないニセの金融商品に投資してお金を失う人たちの姿である。「真面目にコツコツと」などには興味がなさそうだ。だから「年率30%保証!」「3年で2倍になります!」、果てには「タイでエビの養殖事業、儲かりまっせ!」といった怪しげな話に引き寄せられるわけだ。ゼロ金利の日本で年率30%や3年で2倍になる金融商品など、どう逆立ちしてもそのようなリターン設計は無理だが、その点を疑うこともなく、ホイホイとニセ金融商品に手を出して多額のお金を失う。だから、一般個人の行動は「貯蓄から投資へ」を素通りして「貯蓄から投機へ」「貯蓄からギャンブルへ」になってしまう。
日本と比べて格段に進んでいる米国や英国の金融教育事例
金融教育において海外の事例を見てみると、米国では2000年代初頭に金融リテラシー教育委員会(FLEC)、2010年に「金融能力に関する大統領諮問委員会」が設置され、国家戦略として労働者の資産形成を促してきた。米国民の金融資産に占める株・投資信託比率は全体の51.0%に対して預貯金は13.3%、一方、日本の場合は株・投資信託の比率はわずか14.3%であり、現預金が54.3%を占めている(2021年3月現在、日銀調べ)。また英国も日本の金融庁に相当する金融サービス機構(FSA)が個人の資産形成の促進をサポートしている。前回の第47回コラムで紹介したISA(個人貯蓄口座)制度など早期から積極的な取り組みがおこなわれている。
金融庁は2005年に金融審議会(首相の諮問機関)において「投資サービス法」(現在の金融商品取引法)を作った。これは売り手(金融機関)を対象としており、顧客の知識・経験・財産の状況に沿って金融商品を販売するよう「適合性原則」を義務付けた。しかしながら、その後も金融機関は自社の儲けを優先し、顧客の利益を顧みない金融商品(毎月分配型ファンドや仕組み債など)を次々と販売しており、金融庁は売り手の教育だけでは「貯蓄から投資」が進まないとの現実に直面している。
金融教育で最も重要なのが、買い手(個人投資家)への教育
金融教育を国家戦略として進めるためには、顧客にふさわしい商品を販売する売り手(金融機関)、そして自分に合った金融商品を適切に選択して資産形成を目指す買い手(個人投資家)の双方のレベルアップが必要である。「貯蓄から投資へ」を目指すにあたって、どちらの教育がより重要か? 答えは明白である。選択権のある方の買い手側だ。ではその教育を誰がするのか?
民間金融機関などが進めてきた金融教育は結果として、自社の金融商品を販売する営業の一環で終わっている側面がある。販売手数料の収入を得るために、セミナーを開いて話をするというやり方だ。これを果たして金融教育と言えるだろうか?
やはり中立的な立場で金融教育を推進する体制がないといけないと思う。しかし、それを誰がどのようにおこなうのであろうか。現在、私はGFS(グローバル・フィナンシャル・スクール、生徒数が日本一のオンライン金融スクール)で講師を務め、社会人を中心に多くの生徒を教えているが、こちらは完全に中立の立場だ。もちろん入学金などの費用負担は個人である。金融教育を国家的戦略としてやる場合、費用を国がどのくらい負担するのかどうかも含めて具体化する必要がある。
しかし、そもそも実践的な金融を教えることができ、さらに個人としても十分な資産を築いた実績がある人材はどれぐらいいるのだろうか? 教える側の数が圧倒的に少ない現状をどうするのだろうか? 安易に国家戦略にしてしまうと、高額な金融教育商材を売りつけるだけで中身が何もない悪徳業者が大量発生するようなことになりかねない、と私は危惧している。
パウエル議長発言で逆金融相場入りが濃厚だが、勝者のポートフォリオは好調
さて、マーケットについてである。一時は米長期金利と政策金利がほぼ同レベルまで近接していたが、長期金利の上昇を受けて先々週の初めから米国市場は下落の兆候にあった。そしてジャクソンホールでのパウエル議長の講演で先週から「逆金融相場」への流れが強まった。「来年早々にも政策金利は低下する」という能天気な楽観相場に対してパウエル議長は警鐘を鳴らし、「やり遂げるまでやり続けなければならない」とインフレ退治のために利上げを継続する決意を表明した。たった8分40秒の演説であったが、ノーテンキな市場見通しが木端微塵に打ち砕かれた。
過去のコラムで述べてきたシナリオ2の「逆金融相場入り」が日本市場でもほぼ確実になりつつある。過去の経験則である高値から25%下落を当てはめると「NYダウは26000ドル、日経平均は21000円が下値メド」との見通しを示してきたが、日本株においては①金融緩和継続、②低インフレ、③企業業績保守的という米国株とは対照的な投資環境にあり、高値から25%の半分の12.5%下落にあたる24700円(≒3月安値)を下値のメドと現時点で考えている。
私がDFR(ダイヤモンド・フィナンシャル・リサーチ)で投資助言をおこなっている「勝者のポートフォリオ」はおかげさまで好調だ。相場環境が厳しい中、昨年10月に開始した個人投資家向けサービスだが、累計パフォーマンスは8月末で+2.2%(同期間のTopix-3.3%、日経平均-4.6%、マザーズ-34.2%)となった。このところマーケットが「上げても下げても勝つ」状態になっており、9月からはより一層磨きをかけていきたいと思う。
●太田 忠 DFR投資助言者。ジャーディン・フレミング証券(現JPモルガン証券)などでおもに中小型株のアナリストとして活躍。国内外で6年間にわたり、ランキングトップを維持した。プロが評価したトップオブトップのアナリスト&ファンドマネジャー。現在は、中小型株だけではなく、市場全体から割安株を見つけ出す、バリュー株ハンターとしてもメルマガ配信などで活躍。
※この連載は、ワンランク上の投資家を目指す個人のための資産運用メルマガ『太田忠 勝者のポートフォリオ』で配信された内容の一部を抜粋・編集の上お送りしています。メルマガに登録すると、メルマガ配信の他、無料期間終了後には会員専用ページで「勝者のポートフォリオ」や「ウオッチすべき銘柄」など、具体的なポートフォリオの提案や銘柄の売買アドバイスなどがご覧いただけます。原則毎月第一水曜夜は、生配信セミナーを開催。
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