元フィデリティ投信のアナリスト、ポール・サイ氏。彼がメルマガで配信した銘柄で組んだポートフォリオは約半年で、S&P500 ETFに対し為替込みだと約24%、為替を含まない米ドルベースだと約28%もの差をつけた。以下のパフォーマンスを示すグラフでは、赤のS&P500 ETFに対し、黄色のポール氏のポートフォリオが着実に差を広げてきたのがよくわかる。
そんなポール氏の人物像と好パフォーマンスのヒミツに迫る本記事シリーズ、第4回で最終回の今回は中国株へのポール氏の見方をお伝えし、また、ポール氏がFIREへ至った道をたどってみたい。
[第1回の記事]
●米国株なら何でも儲かると聞き2022年の下落で損した投資家必見! S&P500に28%もの差をつけたポール・サイ氏のポートフォリオ、好成績のヒミツとは?
[第2回の記事]
●ネットフリックス(NFLX)やメタ(META)を総悲観の中で果敢に買いに出られたワケとは? S&P500に28%もの差をつけたヒミツに迫る!
[第3回の記事]
●S&P500に大差をつけた「バーベル戦略」の片翼を担った石油株。中期ではいいけれど、長期でなぜ持ってはいけない?
ネットバブルにはうまく乗って利益を得たが、9.11同時多発テロ勃発という未曾有の逆境。しかし、やっぱり悲観の中にチャンスはある
1997年、モービル石油(現エクソン・モービル)のエンジニアとして社会人生活をスタートさせたポール氏だったが、それは株式市場がネットバブルへ向かっていく前夜といった時期だった。
すでに大学時代から株取引を開始していたポール氏。ネットバブルのときもバブルに乗って、勢いのあるテクノロジー株を買い、利益を上げた。今のようにていねいに分析して買うやり方ではなかったが、この時、バブルというものを体感できたことは良かったとポール氏は振り返る。
そして、バブル崩壊に巻き込まれることもなかった。ビジネススクールに行く予定があり、その学費を捻出するため、株をすべて売り払っていたからだった。
2000年にエクソン・モービルを辞めて入学したビジネススクールは、カーネギーメロン大学のMBA課程。それまで独学で株のことを学び、取引していたポール氏だったが、ここで行動ファイナンス、金融工学などを本格的に学ぶことになる。
ビジネススクールの夏休み期間はサマーインターンとして東京のモルガン・スタンレーで働いた。そこで金融のプロの現場をはじめて間近に見たポール氏は金融業界で働きたい、モルガン・スタンレーで働きたいと考えたのだが、サマーインターンから戻ったポール氏を待っていたのはとてつもない逆境だった。
9.11同時多発テロである。アメリカという国家は未曾有の危機に襲われた。9.11勃発による金融業界の冷え込みは厳しく、ポール氏のモルガン・スタンレーへの就職はかなわなかった。
けれど、悲観の中にチャンスはある。
2002年、ポール氏はマース・アンド・コーという会社へ就職した。フランス系の戦略コンサルティング・ファームだった。戦略コンサルという仕事を通して、ポール氏は市場の将来性を分析する方法を身につけ、それはその後、金融業界で働く際に役立った。
マース・アンド・コーでは、最初に東京、次にマレーシア、さらに中国で働いた。高校の頃から意識していたアジアの地を駆け回っていた。
特に当時の中国は急成長の真っ盛り。馬車馬のように猛烈に働いた。仕事はたくさんあった。
ただ、仕事がたくさんあったのは中国経済が急成長していたことだけが理由ではなかった。中国語をしゃべれる人が社内にポール氏しかいなかったのだ。中国語、英語、日本語としゃべれる人はポール氏しかいなかった。会社はポール氏に頼り切っていた。
[参考記事]
●私の歩んできた道(2) 9・11同時多発テロで株の暴落を経験し、株の絶好の買い時を学んだ。フィデリティ投信の入社試験でドン・キホーテを分析して合格!
中国政府の規制が厳しく、大きく下落していた中国株をどう見る?
ポール氏のメルマガ「ポール・サイの米国株&世界の株に投資しよう!」では米国株を中心に取り上げ、ポートフォリオの中核に据えているが、メルマガのタイトルにもあるとおり、その投資対象となる候補は米国株だけでなく、世界各国に拡がっている。実際、現在のポール氏のポートフォリオにはドイツ、カナダ、中国、台湾といった国・地域の銘柄も組み込まれている。
かつて中国で猛烈に働いていたことがあったポール氏だが、メルマガで中国本土の企業をはじめてポートフォリオに組み入れたのは2022年12月23日のことだった。その銘柄はアリババ(ティッカー:BABA)だ。
アリババ株は2020年秋の高値から2022年秋の安値まで、約2年で実に80%あまりも下落していた。恐ろしいほどの下落率だ。本記事シリーズで何度も触れてきたとおり、ポール氏は「チャンスは悲観視されているところにこそある」と言う。アリババもまさに悲観視されていた銘柄だったが、ポール氏はそこにチャンスを見いだしたのだ。そして実際、その直後、アリババ株は一時、大きく急反発している。
ポール氏のアリババ買い推奨は中国のゼロ・コロナ政策脱却を受けたものだったが、もちろん、単純にそれだけが理由ではなかった。ポール氏によるアリババの詳しい解説は、会員登録してメルマガのバックナンバーを参照してみてほしい。
中国政府による規制強化の流れは反転し始めている
ただ、筆者には中国という国と中国株全体に対して懸念を感じるところもあった。そこで、そのことについてポール氏に聞いてみたのである。
筆者が感じた大きな懸念というのは、2021年7月に流れた、中国の学習塾に関する以下のニュースが起点になるものだった。中国政府から、営利目的の個別学習指導を禁止するなどの極めて厳しい方針が発表されたのだ。
(中略)
今回の措置で、当局は外国からの同部門への投資も制限。市場規模1200億ドルの中国の個別学習指導産業への影響が懸念され、香港やニューヨークの株式市場で関連企業の株式が売り込まれた。
新東方教育科技の香港市場上場株は一時50.4%急落し、昨年末の上場以来の安値を更新。中国の電子商取引大手アリババ・グループ・ホールディングや検索サイトの百度(バイドゥ)などの米市場上場株も売られた。(2021年7月24日、ロイター)
株式会社はビジネスを行なって、利益を上げる。そのことが根幹にあるからこそ、その株式会社の株式を買って保有するという株式投資を行なうことで投資家は利益を得ることができる──株式投資の基本原理は単純に言えば、そういったものだと思う。しかし、企業が営利を目的とすることを禁じられてしまったら…。もう、どうしようもないのではないか。
資本主義国より資本主義的などと言われることもあった中国が、いよいよ本当に社会主義国になってしまうのではないか。そのような国に投資していて大丈夫なのだろうか。このニュースはそのような恐怖を投資家に抱かせるものだったと感じる。
実際、中国ではその後、各種の規制が厳しくなり、中国株は大きく下落した。このような中国全体の動きに対するポール氏の見解は…
「確かに中国は独裁的な国で、自国の国民の自由にはやさしくありません。ただ、経済のマネジメントに関して中国政府はそこまで不合理な動きをするわけではないと思います。
教育産業を規制したのも、受験のためにみんながあまりにもお金を使いすぎるといった弊害があったからです。不動産業界なども不健全な状態になっていたので、借り入れを難しくして抑え込みました。
また、中国政府はネット企業に誰がボスかということを見せつけないといけませんでした。習近平の話を聞かないと大変なことになるぞというメッセージを送ったのです。
ただ、このように規制を強化していき、ゼロ・コロナ政策もあって、さすがに中国の景気は悪くなりすぎました。中国政府も、アリババやテンセントといった中国で一番イノベーションのある企業を本気で潰しにいくわけがありません。みんなが我慢できる範囲を超えたので、今、このサイクルは反転し始めていると思います。こういったことはさまざまなニュースをウオッチしていると、感じ取れることなのです」
ポール氏はゼロ・コロナ政策の転換だけでなく、中国政府の全般的な政策転換を感じ取っている。そして、また繰り返すのだ。「悲観の中にチャンスはある」と。
[参考記事]
●ここからの中国株、米国株、日本株は買いか? 中国がゼロコロナ政策を緩和し始めた5つの理由。中国の経済正常化が米国のインフレに与える影響は?
「中国株はある意味、世界で一番悲観視されていた存在かもしれません。そういった対象について、市場の考えと自分の考えに違いがあることを見つけたら、そこは買いのチャンスです。
アリババは中国ナンバーワンに近い企業ですし、ずいぶん安くなりました。
さらに言えば、ポートフォリオのすべてを中国株にするというわけでもありません。ポートフォリオの一部に組み入れるなら問題ないでしょう。アリババのようないい会社を買って、長く持っておくとリターンは上がるものです」
[参考記事]
●私の歩んできた道(4) 中国株には素人とプロの間に情報格差がかなりある。中国株はガバナンスに注意! 怪しい会社も多い!
「人間万事塞翁が馬」。不運に思えたことが幸運につながり、幸運だと思ったことが不幸に転じることもある
ポール氏がフランス系の戦略コンサルティング・ファーム、マース・アンド・コーに在籍し、中国で猛烈に働いていた頃のことに話を戻そう。
戦略コンサルのような業界では、状況によりボーナスが大きく変動するという。ポール氏が東京オフィスにいたときは不況期でボーナスがゼロだったが、それは仕事があまりなかったからとポール氏は納得した。
その後、しばらく経ってポール氏が中国オフィスで猛烈に忙しかったとき、東京オフィスにはほとんど仕事がなかった。ところが、その時は仕事のなかった東京オフィスでも、まずまずのボーナスが出たことがあとでわかった。ポール氏は不公平だと感じ、そのことを上司に主張したが、最初は取り合ってもらえなかった。
そこでポール氏が会社を辞めると言うと、慰留され、過去の分もボーナスを払うと向こうは言い出した。しかし、ポール氏は退社宣言を撤回しなかった。
「人間万事塞翁が馬」。
当時のことを話す時、ポール氏はこの古風な故事成語を持ち出した。不運に思えたことが幸運につながり、幸運だと思ったことが不幸に転じることもある。人生、良いことも悪いことも予測できないといったことを表す故事成語だ。
「この時、十分なボーナスをもらっていたら、私はまだそこで働いていたかもしれません。金融業界に転職することもなかったかもしれません。そうしたら、生涯年収はだいぶ低かったはずです。
人生、何があるか、死ぬ寸前までわからないと思います。
そして、何が良いのか、何が悪いのか、安易に評価できないとも思います。良いか、悪いかは自分の解釈によると言える部分もあります。良い流れがやってきたらそれに乗るのが重要であり、悪いことになったと思ってもあまり落ち込まずがんばっていくのが大事だと思っています」
「人間万事塞翁が馬」という故事成語に象徴されるポール氏の人生観。それは「悲観の中にチャンスがある」という氏の投資スタンスにつながっているところがあると筆者には感じられた。
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