『ドラゴンボール』関連製品の市場規模は連載終了から30年近く経った今でも「年5000億円」も! 最強IPが巨額マネーを生み出す構造とは?
ダイヤモンド・ザイでは、毎号異なるゲストに「お金との向き合い方」について聞くインタビュー記事「おカネの本音!」を掲載している。発売中のダイヤモンド・ザイ2024年2月号のゲストは、元『週刊少年ジャンプ』編集長の漫画編集者・鳥嶋和彦さん。
出版不況の中でも漫画の人気は依然として高い。世界にファンを持つ漫画も多く、アニメ化、ゲーム化などで巨額マネーを生む源泉となっている。今回は、そんな漫画業界のレジェンド編集者・鳥嶋和彦さんにインタビュー。鳥嶋さんが編集長を務めた『少年ジャンプ』の強さの秘訣や、これからの日本の漫画の可能性について聞いた!
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鳥山明さんの新人賞への投稿を発掘し、執筆を後押し!
『少年ジャンプ』は後発の漫画雑誌だったからこそ、新人が育った!
――鳥嶋さんと言えば、鳥山明さんの大ヒット漫画『Dr.スランプ』のキャラクター「Dr.マシリト」のモデルでも知られていますね。
鳥嶋 鳥山くんとの付き合いは、かれこれ40年以上になります。鳥山くんが名古屋のグラフィック・デザイン会社を辞めて『週刊少年ジャンプ』の新人賞に投稿を始めたのが1977年頃。当時、僕は集英社に入って2年目で、投稿原稿の中から鳥山くんの作品を見つけたんです。描き文字のレタリングがうまくて、その垢抜けたデザインセンスに惹きつけられて、執筆を後押ししました。
──編集者が新人漫画家を発掘してヒット漫画を生み出すのは『少年ジャンプ』の成功法則ですよね。
鳥嶋 そのやり方を採用したのは『少年ジャンプ』が週刊少年漫画誌の中でも後発だったからです。『少年ジャンプ』が創刊したのは1968年。当時『週刊少年マガジン』と『週刊少年サンデー』は創刊から10年近く経過し、どちらも100万部前後を売っていました。
先発2誌は当時の人気漫画家たちを囲い込んでいたので、自分たちで新しい漫画家を発掘しなければならない。そんなやむにやまれぬ事情もあったんです。
でも、それがうまくいった。みずみずしい感性を持つ新人漫画家と若手編集者のタッグで、既成概念にとらわれない話題の作品が次々と生まれた。結果、創刊から10年足らずで『少年ジャンプ』は漫画雑誌業界の王座に君臨しました。
──『少年ジャンプ』は連載の継続、終了を読者からのアンケートハガキで決めるという方針でも有名です。
鳥嶋 アンケートを重視するのは、創刊編集長のアイデア。もともと少女漫画雑誌の編集長でしたが、一時資料室に飛ばされていたらしい。そこで、アンケートについて勉強したという噂がある。本人に確かめたわけではないですけどね。
すべての連載漫画のタイトルを並べたアンケートハガキを付け、面白かった漫画3つに丸を付けてもらうという方式。『少年ジャンプ』の漫画は人気が出なければ、おおよそ10回目(=10週目)で打ち切られるというルールがある。こういった読者の意見を反映するルールがあるから新陳代謝によって、面白い漫画が掲載される雑誌になるんです。
かつてコミックス(単行本)の収益は”おまけ”と見なされていたが、
『Dr.スランプ』のコミックスは発売初日に20万部完売の大ヒット!
──漫画誌と言えば、連載をまとめて発行するコミックス(単行本)も大きな収益源だと思うのですが。
鳥嶋 昔の出版社は、コミックスの収益なんて“おまけ”程度と考えていました。その認識を180度変えたのが、手前味噌ながら『Dr.スランプ』のコミックスの大ヒットです。1980年に発売した『Dr.スランプ』の第1巻は、初日に20万部を完売するという空前の大ヒットを記録したんです。
じつは、このヒットは僕が狙って仕掛けたものなんです。当時はコミックスの制作は系列会社のスタッフに丸投げでした。カバー絵さえ、本誌で使われたもので代用することも。でも僕は『Dr.スランプ』のコミックスが書店に並んだときに埋もれないように、実力があるデザイナーに発注し、目立つデザインを心がけました。さらに、コミックスでしか読めないおまけページをつくった。
──そこまでやった理由って何だったんですか?
鳥嶋 当時の漫画家の原稿料が安かったからです。雑誌への連載だけでは、とても貯金なんてできない。だから、コミックスの印税収入で稼いでもらいたかった。当時のコミックスの定価は360円。漫画家の印税率は10%なので、100万部売れれば漫画家は3600万円の収入が得られて、年4冊出せば約1億5000万円になるわけです。
──やっぱり漫画は夢があります。
鳥嶋 出版不況の中でも、コミックスは1巻で数百万部売れる作品も出てくる“お化けコンテンツ”へと急成長しました。先にアンケートで人気がないと、10週目で連載が打ち切られるという話をしましたが、これは10回の連載でコミックス1巻分のページになるから。打ち切りになっても、作者はコミックス分の印税が手に入ります。その収入で次回作の掲載まで持ちこたえられるようにと、連載は最低でも10回になったようです。
グッズ化やアニメ化、ゲーム化などでも収益が生まれる!
『ドラゴンボール』関連製品の市場規模は年5000億円程度との試算も
──キャラクターグッズやゲームなどの著作権料も収入源ですよね。
鳥嶋 少し複雑なので、順を追って説明します。「漫画の著作権」は作者が持っています。いまビジネス界では「IP(※Intellectual Propertyの略で「知的財産権」のこと)」とも言いますね。
出版社は作者と「委任契約」を結び、キャラクターのグッズなど商品化のための窓口になる。そして、収益を作者と出版社で一定の割合で分け合います。しかし、漫画のアニメ化やゲーム化の窓口は、アニメ制作会社になるケースが多い。30分アニメの1話分の制作費は、1400万~2000万円かかる。そのうちテレビ局は1話につき400万~800万円を出資します。
テレビ局からの出資だけでは足りないので、制作会社は複数の企業から出資を募ります。出資企業は出資割合に応じたライセンス収入に加えて、作品のIPを利用した事業展開が可能になる。IPを利用したゲームなどが、さらに巨額の収益を生むこともあるんです。編集者は漫画家に稼いでもらい、ビジネスを拡大するために「何がおカネを生むのか?」を考えなければなりません。
ちなみに、出版社の中でもKADOKAWAはアニメ制作に積極的に出資しているので、多額のキャッシュフローを必要とします。だから株式市場に上場しているとも言える。集英社や小学館などは保守的で、アニメ制作に多額の出資をするケースは少ないので、上場する必要がないのでしょう。
──『ドラゴンボール』関連製品の市場規模は、年間5000億円程度と試算をする専門家もいます。
鳥嶋 鳥山くんには「あなたが眠っている間にも、不死身のキャラクターが24時間、世界中で働いてくれる」と言ったことがある(笑)。『ドラゴンボール』の連載終了から30年近く経ちますが、今でも鳥山くんは毎年10億円以上の収入があるはず。
『少年ジャンプ』の低迷期に編集長に就任し、
『ONE PIECE』などの大化け作品の誕生に立ち会った!
──すごい! ところで『少年ジャンプ』が部数を大きく減らしたときに、鳥嶋さんは編集長になったとか。
鳥嶋 僕が編集長になったのは1996年。『ドラゴンボール』の連載が終了して『SLAM DUNK』の連載終了も決まっていた。部数が落ち込んだのは、新人を育てなかったから。新陳代謝が止まっていたんです。
僕の前の編集長の時代、アンケートは”総得票数”を重視していたけど、それは短期的な販売増にしか繋がらない。小・中学生の票数が多い漫画家の作品を育てることが重要。彼らが面白いと思ってくれる漫画家が、次の時代に大きく花開くからです。
新人漫画家を発掘するという『少年ジャンプ』本来のスタイルで、新連載を次々と打ち出した結果、3年目に大化けする作品が立て続けに生まれた。それが『ONE PIECE』や『HUNTER×HUNTER』『NARUTO-ナルト-』です。
──3作品とも世界中で人気です。
鳥嶋 新しいトレンドを生み出すことが、ビジネスを大きくするためには不可欠だと思います。そうそう、「ウェブトゥーン」という漫画を知っていますか? スマホで画面を縦スクロールしながら読める漫画です。韓国で生まれたサービスで「日本の漫画市場が脅かされるのでは?」と言われることもありましたが、そうは思いません。
──それは、なぜですか?
鳥嶋 韓国のウェブトゥーンは、基本的に分業体制で作られています。ストーリーやネーム、線画、背景、着色など、それぞれの工程で担当者が専属し、アニメーションスタジオのような形式で制作している。だから、平均点の作品になりやすいんです。
その点、才能を持つ漫画家が妄想を膨らませながら一人で描く漫画は、凡人では思いつかない作品となって、大化けすることがある。飛び抜けた作品でなければ、巨額の価値を生み出せない。一人の漫画家の妄想から生まれた作品は、集団作業による作品を超えると確信しています。
実際に『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』などは、一人の漫画家が生み出した作品です。
──IT化が進んではいますが、漫画雑誌の優位性はあるんですね。
鳥嶋 『少年ジャンプ』で連載して、コミックスを出したい漫画家は多い。それに、ウェブトゥーンを運営する企業より出版社と契約したほうが、漫画家は強い著作権が持てる。だから、才能のある作者は漫画雑誌に描く。
──これからも、日本の漫画には可能性がありそうですね。
鳥嶋 漫画はさまざまなメディアミックス展開が可能です。しかも、アニメ化やゲーム化によって、版権料やコミックス増刷の印税など、原作者への多大な見返りが期待できます。漫画家としての地盤を固めたら、弁護士や会計士と組んでマネジメントチームをつくり、自分の作品のアニメ化に出資だってできる。そうすれば、すべての権利を漫画家自身が持つことも可能です。とっくにウォルト・ディズニーが実践している。
いまの日本でそれが可能なのは、映画やゲームといったエンターテインメントに関わるクリエーターでは、漫画家だけだと思いますよ。
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