昨年は復活の兆しが見えてきたIPO市場だが、今年も引き続き上昇傾向と予測されている。その中でもひときわ注目を集めそうなのがサントリー食品インターナショナルによるIPOである。知名度、規模ともに申し分ない。果たしてこの株は買いなのか?
サントリー最大の子会社が上場する
サントリーと言えば、キリンホールディングス(2503)との経営統合の話が記憶に新しい。もしサントリーホールディングスとキリンホールディングスが経営統合をしていたら、ネスレ、ダノン、ペプシ、コカコーラなど世界の巨大食品・飲料企業と肩を並べる企業が登場していたことになる。
結果的には統合比率で折り合いがつかずに破談となったが、サントリーはその時点で上場企業に変身していた。キリンとの経営統合を協議し始めた時点で、サントリーは公開企業になることはタイミングの問題だったと言える。
計画では、サントリーホールディングス(グループ全体の持ち株会社)の上場ではなく、その一子会社であるサントリー食品インターナショナルの上場でとなる。
その関係と規模感は上図の通り。サントリーと聞くとウィスキーやビールを思い浮かべる方も多いかもしれないが、売上的には酒類よりも伊右衛門茶やなっちゃん、そしてオランジーナなどの清涼飲料水や食品による売上げのほうが大きい。そしてそれら清涼飲料水、食品などを扱う子会社を上場させるのである。
一般株主と創業家の利害不一致の可能性も
サントリーホールディングスそのものは、株式の大半を創業家である鳥井家と佐治家が保有している。
今回、子会社を上場させてもホールディングスに対する創業家の持分割合は変わらない。また、上場させる食品インターナショナルにしても過半数以上の株式は親会社であるホールディングスが保有し続けるだろうから、グループ全体に対する創業家の影響力は大きくは変わらず、引き続き「やってみなはれ」のサントリーであり続けるだろう。
食品インターナショナルの経営陣は、理論的には上場することによって 新たに株主となる機関投資家や個人株主などいわゆる一般株主を含めた株主利益の最大化を目指すことになる。
ただ、上のようなグループ構造が維持される限りはサントリーグループとして、あるいは創業家としての利益の最大化を目指すはずであり、少数株主となる機関投資家や個人株主にとっては、自分たちの利益最大化とグループや創業家のそれらが一致するのかは気になる。
たとえば、先日コラムに書いた日立金属と日立電線の経営統合の計画では、計画案発表後日立金属の株価が大幅に下落したが、それは日立グループとしてはプラスの案件であっても一般株主にとっては望ましい案件とは限らないことを示している。このようなことがサントリーでも起こる可能性はあるわけで、それがサントリー株を買うべきかどうか迷う一つのポイントとなる。
特にキリンやアサヒグループホールディングス(2502)では、以前は酒類を扱う企業と清涼飲料水を扱う企業がそれぞれ別々に上場していたにもかかわらず、両社ともに清涼飲料水を扱う企業を100%子会社化し、酒類事業とのシナジー創出に努めたことと比較すると、今回のサントリーの動きは逆行することになる。
キリンでは、清涼飲料水事業と酒類事業とのコラボで酎ハイの大ヒット商品氷結果汁が生まれたのは有名な話である。アサヒでも株式を一部保有するカゴメ(2811)とトマト系のアルコール飲料を共同開発した事例もある。
サントリーの場合は、欧州でオランジーナを買収して清涼飲料水事業を強化するなど、清涼飲料水事業、酒類事業がそれぞれ独自に強化していっているように見え、今回の食品インターナショナルの上場はまさにその一環とも言える。
そういう意味では、経営戦略面においても、キリン、アサヒのアプローチとサントリーのそれの、どちらがベターなのか、今後の行方が楽しみである。
上場はグループも含め魅力を高める
さて、今回の食品インターナショナルの上場は、食品インターにとってもホールディングス全体にとっても明らかに攻めの投資をするための上場であろう。
食品インターナショナルにとっては株式発行により新たな資金源を得ることで、より積極的な投資が可能となる。株式交換によるM&Aもできる。
ホールディングスは多額の売却益を得て、その現金をもとにグループ各社の成長投資を行うことができる。それによりサントリーグループ全体としての企業体力が増すことが期待できる。
上場から生み出される数千億円規模のキャッシュによる成長投資は、まさに株主にとっては魅力的なエクイティストーリーとなる。幸い、オランジーナなどのサントリーの近年の企業買収には大きな失敗もなく、成長投資に対するイメージもよい。
上で述べた創業家やグループ全体との利害不一致の可能性もあるものの、やはり成長投資の可能性が大きいことがサントリー食品インターナショナル株の魅力を高める要因である。
21世紀型のガバナンスが長期成長をもたらす可能性も
近年は株主による短期利益追求による弊害が指摘されつつある。また株主と経営陣の利害一致を進めすぎた結果、経営陣が必要以上にリスクテイカーとなって、企業経営を破たん、あるいは非常に困難な局面においやる事例も出つつある。
かつては、株主と経営陣の利害不一致が問題とされたが、経営陣は企業を経営破たんさせたとしても、サラリーマン経営者である彼ら自身が破綻するわけではない。
一方で、経営陣による株式保有やストックオプションの保有、あるいは業績連動型の報酬の導入により、企業がリスクを冒して収益の大幅アップを実現すれば、経営者自身が受け取る収益もぐんぐんと上がる構造になっている。
また、短期志向の株主の言うことを聞かずに、株主総会で自身の役員再任に反対されては自分たちのキャリアも終了してしまう。こういう状況では経営陣はリスクテイクに走ってもおかしくない。
この状況を改善すべきだということで、最近では長期株主により議決権を持たせるべきだというような意見も登場している。
中長期の株式投資を好む投資家には魅力的
たとえば、コリン・メイヤー氏が東証で行った講演では、企業経営の支配と所有の分離が重要であると議論し、たとえば長期株主がより議決権を持つことで企業の経営を安定させ、株主以外の従業員、取引先、債権者などすべての利害関係者にとってベストな経営を行うべきだという議論を行っていた。
種類株を用いて議決権の違う株式を発行している事例としては、FacebookやGoogleなどがあり、経営陣の保有する株式の議決権のほうが圧倒的に大きい。これについては賛否両論あるわけだが、経営が短期利益至上主義的にならないという効用はあるだろう。
一方、企業の株主が長期株主だけになることの弊害は別途あるので、議論の余地は多々あるものの、メイヤー氏の主張には感覚的に共感する方も多いに違いない。
日本では議決権の異なる優先株を発行している上場企業は伊藤園しか存在しない。ただし、伊藤園の場合は通常の議決権が付されている普通株と、議決権のない優先株であり、GoogleやFacebookのように長期株主の議決権を多くするという類のものではない(拒否権を有する黄金株の事例は国際石油開発帝石だけ)。
その中において、今回のサントリー食品インターナショナルの上場は、創業家が実質的な支配を続けるという意味では、GoogleやFacebookの経営陣が種類株を保有するのと同じように機能すると思われる。
したがって、他の上場企業に比べて、より中長期的な経営をしうる環境にあるといえ、中長期的な株式投資を好む投資家にとっては魅力的な銘柄となる可能性がある。
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