「今の私の見方が市場の見方と似ているのではなく、もっと前は私の見方と少し乖離があった市場の見方が私の見方の方へ近づいてきて、今はそこまでズレがなくなってきたと言った方がいいのではないでしょうか」
そんな発言が出てきたのは、2023年の相場の振り返りと2024年の相場展望をアメリカ・シアトルにいるポール・サイ氏に聞こうと、ポール氏と東京にいる我々取材陣を結んだオンライン取材の中でのことだった。
フィデリティ投信でアナリストなどとして活躍したあと、今はアメリカでFIRE生活を送っているポール氏。彼はいつもどおりのさわやかな顔立ちで取材に臨んでいたが、筆者(井口稔)が迂闊に発した質問に対し、冷静さは保ちつつも、その片隅にやや不満げなニュアンスをちらりとうかがわせつつ、冒頭に記したような答えを返してきたのである。
2023年のポール氏推奨ポートフォリオはS&P500ETFを20%超上回るパフォーマンスを上げた
こんなふうに書くと、ポール氏のここまでの足跡をよく知らない読者の中には「少し自信過剰では…」などと感じた人もいるかもしれない。そういう人にこそ、まずはお見せしよう。本記事の大きなテーマの1つは2023年の相場の振り返りなのだから、2023年のポール氏推奨ポートフォリオはどんな成績だったのか、まずはそこから見てみたい。
2023年の年初から2023年12月22日まで、ポール氏の推奨ポートフォリオのリターンは実に58.89%に上っていた(為替込み。以下同)。米国の代表的な株価指数、S&P500に連動するETFを比較対照として取り上げれば、こちらのリターンは同期間に36.40%。このS&P500のパフォーマンスも決して悪いとは言えないが、ポール氏推奨ポートフォリオはそれをさらに20%以上も上回るリターンを上げているのだ。
上のグラフで上方に位置するオレンジのラインがポール氏推奨ポートフォリオのパフォーマンス、下方に位置する赤のラインがS&P500連動ETFのパフォーマンスだ。年始には同じ地点から始まっている2つのグラフは上下に少し揺れ動きつつも、その差が徐々に広がってきたことがわかる。
ちなみに、このパフォーマンスのグラフを含め、ポール氏推奨ポートフォリオの具体的な中身はポール氏のメルマガ「ポール・サイの米国株&世界の株に投資しよう!」の会員になれば、会員専用サイト内で誰でも最新のものを見ることができるようになる。
“パウエルショック”で株が売られ、市場のムードが悪かった時、ポール氏は冷静に「有望企業の株を安く買えるチャンス」と書いていた
冒頭に書き記したポール氏の発言の中で、彼は「もっと前は私の見方と少し乖離があった市場の見方」と話していたが、そのことをもっと具体的に確認してみたい。たとえば、昨年、2022年9月1日にザイ・オンラインで公開されたポール氏の以下の記事を見てもらうと、そのことがよくわかるのではないだろうか。
[参考記事]
●パウエルショックが米国株を襲った!? 今後の米国株式市場の見通しは? 1970年代のハイパーインフレは再来しない?
詳しいことは上の記事を読んでほしいが、2022年9月初めの時点で、「アメリカのインフレはやわらぎつつあり、これからリーマンショックのようなことや1970年代のハイパーインフレのようなことは起こらない。今は株を売る時期ではなく、有望企業の株を安く買えるチャンスが来ている」といったことをポール氏は述べていた。
ではその時、市場はどんな雰囲気だったのか?
上の記事タイトルを見てほしい。“パウエルショック”という言葉が入っている。この時、市場は“パウエルショック”にあたふたしていたのだった。2022年8月下旬に行われたジャクソンホール会議の講演でパウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長から「利上げ停止を考えるのは非常に時期尚早」といった発言があり、市場が想定していたよりも利上げがだいぶ長引きそうだということで、米国株は大きく下落してしまっていたのである。
以下は、先に紹介したポール氏の記事が公開された2022年9月初めまでのS&P500の日足チャートだ。
S&P500の日足チャートはふらつきながらも、結局は高値を段々切り下げてくる下降トレンド継続中といった形状になっていた。米国株がそんな流れにあったところに対し、さらにパウエルFRB議長からタカ派的な発言が出たということで、当時のマーケットニュースなどには“パウエルショック”という言葉が溢れていたのだ。これでは怖くて、株など買えないと思った人も多かったことだろう。
しかし、そんな時にポール氏は「今は株を売る時期ではなく、有望企業の株を安く買えるチャンスが来ている」と冷静に指摘していたのである。
こうして振り返ってみると、「もっと前は私の見方と少し乖離があった市場の見方が私の見方の方へ近づいて」きたとポール氏が語っていたことがよく納得できるのではないだろうか。それどころか、ポール氏は「大きく」乖離とは言っておらず、「少し」乖離とだけしか言っていないのだから、ポール氏の発言は控えめすぎる、とさえ言えるかもしれない。
ポール氏はメルマガで、エヌビディアを底値近くで買い推奨していた
ポール氏は評論家ではない。かつてはフィデリティ投信で株式分析を中心とした運用の経験を蓄積し、FIREした今も投資を実践している投資家でもある。だから、ポール氏のメルマガで発信される内容もより具体的、実践的な側面が十分ある。
先に紹介したポール氏記事が公開された2022年9月1日の翌日、9月2日にポール氏は彼のメルマガでエヌビディア(ティッカー:NVDA)を初めて買い推奨していた。それについて詳しいことはかつて公開した以下の記事で触れているので、詳しい内容はそちらの記事を参照してほしいが、今をときめくエヌビディア株も、その時は以下のようにとても雰囲気の悪い下降トレンドのチャートとなっていた。
そして、ポール氏がメルマガ内でエヌビディアを買い推奨したのはチャート上に示した赤丸で囲ったところだった。
[参考記事]
●1年間で米国株でS&P500に50%超の大差圧勝! エヌビディア株を底値近くで買っていた投資家が語る「悪いニュースはいいニュース」ってどういうこと?
その後、エヌビディア株がどんなふうに動いたかといえば、以下のとおりだ。ポール氏が買い推奨に出たあと、エヌビディア株は目覚ましいばかりの反転上昇を遂げたのである。
大事なことは、エヌビディア株の買い推奨はポール氏が彼のメルマガ内で行っていたことだから、メルマガ購読者だったら誰だって、この大きな反転上昇を取ることができたということだ。
ちなみにポール氏のメルマガ「ポール・サイの米国株&世界の株に投資しよう!」の会員になれば、メルマガのバックナンバーも会員専用サイトで閲覧可能となるから、エヌビディア株、あるいはそれ以外の銘柄をポール氏がどんなタイミングで、どんなふうにこれまで推奨してきたのか、すべて確認することができるようになる。
ポール氏はエヌビディア株の反転上昇を当てただけではない。ポール氏は推奨ポートフォリオにて、エヌビディア株だけに集中投資したわけではなく、米国株を中心とした世界の株に分散投資を行っている。そのように分散投資をして、リスクを抑制した上で、先にグラフを掲げて紹介したようなすばらしいパフォーマンスを上げてきたのである(以下にグラフを再掲)。
2023年はテクノロジー系の大型成長株が好パフォーマンスを上げた
「2023年の米国株でパフォーマンスが良かったのは大型株。その中身をさらに見ていけば、テクノロジー株が良かったということです」
2023年の米国株相場を振り返り、ポール氏は2023年相場のもっとも大きな特徴をこうまとめた。そして、ポール氏はさまざまな種類のETFのパフォーマンスをよくウオッチしているようで、各ETFのティッカーを挙げながら、次のようにさらに解説を進めてくれた。
「2023年のパフォーマンスは、XLKが53%、XLCが47%、XLYが35%でした(※)。
XLKはテクノロジー系の代表的なETFで上位組み入れ銘柄はマイクロソフトやアップルです。XLCはコミュニケーション・サービスのETFで上位組み入れ銘柄はアルファベット(グーグルの持ち株会社)やメタ。XLYは一般消費財の中でも消費者が裁量消費するようなモノを売っている会社で、上位組み入れ銘柄はアマゾンやテスラです」
(※編集部注:パフォーマンスの数字は取材時の2023年12月13日時点のもの)
「これらのETFは2022年は軒並み2ケタのマイナスパフォーマンスだったのです。2022年はFRBが猛烈な勢いで利上げして、利上げに弱い成長株には大きな逆風が吹きました。
2023年は2022年の反動という面もあったでしょうし、2023年もFRBは利上げを継続したものの、その度合いは緩やかなものとなり、結果的には夏までで利上げ終了ということになりました。こうしたことがこのようなテクノロジー系の成長株には追い風になったと言えるでしょう」
金利が低下すれば、エネルギー価格は少し回復し、エネルギー株には悪くない2024年になるだろう
ポール氏は対照的な性質を持つ資産を組み合わせてポートフォリオを構築する「バーベル戦略」を取ってきた。ポール氏のバーバルの片方はテクノロジー株であり、また、バーベルの両側は均等というわけではなく、重点はよりテクノロジー株の方に置かれてきた。そして、そういったテクノロジー株がズバリ大活躍した2023年だったというわけだ。
[参考記事]
●S&P500に大差をつけた「バーベル戦略」の片翼を担った石油株。中期ではいいけれど、長期でなぜ持ってはいけない?
ポール氏推奨ポートフォリオ、バーベル戦略のもう片方はエネルギー株だが、こちらについてポール氏に聞いてみると…
「2022年に一番良かったセクターはエネルギーだったのですが、2023年は一番悪いパフォーマンスとなりました。原油価格は低迷期間が長く、石油株の動きは冴えませんでした」
ただし、石油株だけがエネルギー株ではない。ポール氏推奨ポートフォリオには実は石油株ではないエネルギー関連株も組み込まれており、テクノロジー株に負けないぐらいの好パフォーマンスを上げている。その銘柄とは……? ポール氏のメルマガ「ポール・サイの米国株&世界の株に投資しよう!」の会員専用サイトでぜひ確認してほしい。
さて、2023年にパフォーマンスが冴えなかった石油株の話に戻ると、ここまでのパフォーマンスが悪かったといっても、ここでポール氏は石油株を売ることを考えていないという。その方針には、2024年の金融市場で大きなテーマとなりそうな、アメリカの金利が下がる方向にあることも関係あるようだ。
「コモディティ(商品)に関する基本的な傾向として、コモディティは金利が高い時は安くなりがちということがあります。原油は持っているだけでは利息を生みませんので、それなら利息のつく預金にした方がいいという動きがある程度、起こるのです。
なので、金利が低下すると、エネルギー価格は少し回復するでしょう。原油価格が70ドル以下に下がるということは、ちょっと見えづらいです。
アメリカの景気は少し悪くなると思いますので、その点はコモディティ価格にマイナスとなり、いろいろな要素が交錯するものの、エネルギー株に悪くはない2024年になるだろうと考えています」
アメリカの金利低下から不動産セクターにも注目!
FRBが政策金利であるFFレートをいつ下げ始めるのか、それは正確にはまだわからないが、2023年12月のFOMC(米連邦公開市場委員会)後の記者会見で、パウエルFRB議長は利下げ時期の議論が始まっていることを明らかにした。
また、政策金利だけが金利ではない。アメリカの中長期の金利はすでに下がり始めている。
その金利が下がっていくということがエネルギー株にプラスというポール氏だが、金利が下がるという観点からリート(不動産投資信託)を含む不動産株にも注目しているという。
「リートも一般的な不動産会社も組み込まれているXLREという不動産ETFを見ると、2022年はマイナス26%。2023年もマイナス5%ぐらいでした(※)。
そして、不動産株はある程度のレンジ内で上下動する傾向があって、今はそのようなレンジの下の方に位置しています。金利が下がる追い風を受けて、そのレンジの上の方まで戻ると考えるとおもしろいと思っているのです」
(※編集部注:パフォーマンスの数字は取材時の2023年12月13日時点のもの)
筆者はこれまでポール氏へ取材した際、「悲観視されているところにチャンスはある」との言葉を何度も聞いており、それがとても印象に残っている。その点からも2年連続で冴えないパフォーマンスとなっている不動産は見逃せないセクターということなのだろう。
[参考記事]
●ネットフリックス(NFLX)やメタ(META)を総悲観の中で果敢に買いに出られたワケとは? S&P500に28%もの差をつけたヒミツに迫る!
●世界で一番悲観視されていた株式市場とは? 悲観の中にチャンスあり! そのナンバーワンに近い企業を狙え
「リートは分配金利回りも高いので、日本の個人投資家が好む投資対象ではないか」ともポール氏は話していた。
ただ、悲観視されているなら何でもよい、という単純な話ではさすがにない。
「米国のリートにはたくさんの種類があります。オフィス、住宅、商業用不動産、あるいは病院のリートなどもあります。不動産は2024年におもしろいセクターとは思っていますが、その中のどこへ投資していくかについては選別が必要だと思います」
ポール氏はどんな米国リートに注目していくのだろうか? 今後のメルマガや連載記事での情報発信に注目したい。
“AI革命”はまだこれから本格化。テクノロジー株はまだ行ける!
アメリカの金利が低下していくと見込まれる中、ポール氏はエネルギー株、リートを含めた不動産株に2024年は注目していることを紹介してきたが、金利低下はテクノロジー株にもプラス材料だ。ただ、テクノロジー株は直近では悲観視されてきたセクターではなく、今のポール氏推奨ポートフォリオの主力であり、パフォーマンスを牽引してきた存在でもある。
結構、上がってきてしまったテクノロジー株の今後をポール氏はどう見ているのか?
「金利低下はテクノロジー株のような成長株にプラスですが、テクノロジー株にはそれだけでなく、“AI革命”という大きな材料があります。
ChatGPTは自分でも使っていて、使うのにちょっとコツはいるんですが、エクセルのマクロを書かせたりすると、本当に早く完成してしまうんです。“AI革命”はまだまだこれから本格化するんじゃないでしょうか」
“AI革命”はまだこれから本格化する。ChatGPTを実際に活用しているポール氏はそう話す。さらには「将来的には『ドラえもん』そのものができてしまうかもしれない」とまでポール氏はノリノリで話すのだが、それが単なる冗談に止まらないかもしれない!?と思えるぐらいに今のAI開発には勢いを感じるところだ。
[参考記事]
●アメリカでAIのトレンドはまだまだ続く! 今はかなり初期段階で、本格化すればドラえもんができちゃう!? 日本はスタグフレーションになる可能性が高い
ポール氏推奨ポートフォリオにすでに組み込まれ、好パフォーマンスを上げてきたテクノロジー株だが、ここで売りとはポール氏はまだまだ考えていないようだった。
「AIと移民」の関係性。そこにある大きな課題とは?
ただ、AIには懸念を感じる点もあるとポール氏は言う。それはよく論じられるようなAIの問題点とは異なる「移民」と絡めた、かなり大きなフレームワークの話だった。
「移民には先進国では足りない労働力を補ってくれるという意味があり、逆に新興国ではなかなか稼げない人たちに稼ぎをもたらすという意味があります。移民には先進国、新興国、双方が助かっている側面があるんですね。
そして、移民がどんどん進んでいって、1000年、2000年、まあ1万年も経てば、人類は全部ミックスしてしまって、平和になってくるんじゃないかと思うんです。その頃はもう人種差別などもないでしょう。全部ミックスされてしまって、人種が1つしかないわけですから」
ポール氏は台湾で生まれ育ち、アメリカへ移住し、アメリカや日本やアジア諸国で働き、FIREしてからはアメリカに住んでいるが、今も世界のさまざまな場所に出かけていく生活を送っている。そんなふうに世界を渡り歩いてきたポール氏だからこそ、移民がどんどん進んでいって、人類が全部ミックスされてしまって平和になるという、人類の遠い将来への想像も膨らむのだろう。
[参考記事]
●私の歩んできた道(1) ネットバブルに乗り、バブル崩壊前に株を売り切った! バブルを若いうちに実感できた方がいい理由とは?
ただ、そういった移民の話がAIとどう関係するのだろうか?
「AI開発が進むと、単純作業とか、単純なプログラミングをする人は必要なくなってくるでしょう。今まではそういった部分を移民が担ってきたところもあったわけですが、AIが発展してくると、先進国が新興国から移民を受け入れるニーズが下がってくるかもしれません。
そうやって移民が減ってくると、世界の流れが少し変わるんじゃないかと思っています。ただ、それが具体的にどうなりそうかということは、まだ自分の課題として考え中なのですが…」
「AIと移民」の関係性。なかなか壮大なテーマだ。人類にとって、便利で平和で過ごしやすい世界が到来してくれるといいのだが…。
テスラの電気自動車、トヨタのハイブリッド車。環境問題の解決策として、正しいのはどちら?
ところで、株式市場ではGAFAMがもてはやされ、今までこの言葉が本当によく使われてきた。これはアメリカの主力大型テクノロジー株を指す言葉であり、GAFAMを構成しているのはグーグル(上場しているのは持ち株会社のアルファベット)、アマゾン、フェイスブック(現在はメタ)、アップル、マイクロソフトの5社だった。
ところが最近、GAFAMという言葉はめっきり聞かれなくなり、代わって、マグニフィセント・セブンという言葉がよく聞かれるようになった。マグニフィセント・セブンは計7社のアメリカの主力大型テクノロジー株を指す言葉だが、GAFAMの5社に加え、新たに加わったのはエヌビディアとテスラの2社だ。
このうち、エヌビディアはポール氏が大底近辺で見事に買いに出て、推奨ポートフォリオに組み入れていたことにはすでに触れた。もう1つのテスラは実はポール氏の推奨ポートフォリオには入っていない。
[参考記事]
●1年間で米国株でS&P500に50%超の大差圧勝! エヌビディア株を底値近くで買っていた投資家が語る「悪いニュースはいいニュース」ってどういうこと?
なぜ、ポール氏はテスラを推奨ポートフォリオに入れていないのだろうか?
ポール氏への取材の中で、このテスラのことと、日本株のことに話が及んだとき、「テスラ VS トヨタ」というテーマが浮上してきた。この2社は現時点で、ポール氏の推奨銘柄というわけではないのだが、興味深い、示唆に富む話であったため、ここでポール氏の見解をご紹介したい。
ちなみにフィデリティ投信時代のポール氏は、日本株のアナリストや調査部長を歴任しており、彼は結構長い間、運用の現場で日本株を見てきた人でもある。
「環境問題への対応策として、テスラは電気自動車(EV)を持ってきて、トヨタはおもにハイブリッド車を持ってきています。では、環境問題の解決策として、どちらが正しいのでしょうか?
今はトヨタのやり方の方がダメだという論調が強いですよね。でも、よく考えたらハイブリッド車にも悪くない面があります。ハイブリッド車は全然ダメ、テスラ万歳というのもちょっとどうかなと思うのです。
環境対策として、もしもトヨタの方が正しいという話になれば、トヨタ株は安いですね。予想PERは8倍台でしかありません。テスラは66倍ですからね。
ドルベースの数字になりますが、ここ8年間のテスラ株のパフォーマンスを見ると、これが870%。一方のトヨタは74%です。トヨタ株は過度に悲観視されていると思います。一方、テスラ株は結構いいシナリオをもう織り込んでいると思うのです」
ポール氏は実はテスラ車のオーナーだ。テスラの電気自動車に実際に乗っているのである。その実感として、商品の品質やサービスはトヨタの方がいいという。
「クルマが壊れたときなどのアフターサービスは、トヨタの方が全然いい。商品の品質などもレベルが違って、トヨタの方がいい」とポール氏は話す。
ちなみに以下の2023年1月の記事でもポール氏がテスラ車に乗っている話題が取り上げられており、さらにこの記事内では、ポール氏がテスラ株を「少しずつ買えばよいのではないか」とコメントしていたと取り上げられている。ただ、その時と比較すると、もうテスラ株は約2倍にまで上昇している。
[参考記事]
●景気は「HOPE」で判断せよ! テスラユーザーのポール・サイ氏のテスラ株の見立ては「長期では買い!」
問題は「電気自動車 VS ハイブリッド車」だけあるのではない。「ソフトウェア会社の考え方 VS 従来型の製造業的な考え方」というところにもある
テスラ株が結構いいシナリオをもう織り込んでいる一方、トヨタ株は悲観視されすぎているというポール氏だが、しかし、トヨタにも問題があるという。そして、その問題はテスラと比較したときにより鮮明になってくるのだ。
「テスラは、ソフトウェア会社の考え方で会社を運営し、電気自動車を作っています。
けれど、トヨタは従来型の製造業の考え方で自動車を作っている。ソフトウェアの部分が弱いんです。特に自動運転のところは、トヨタがテスラに全然遅れています。
問題は『電気自動車 VS ハイブリッド車』というところにだけあるのではないのです。『ソフトウェア会社の考え方 VS 従来型の製造業的な考え方』というところにもあるのです」
ポール氏へのオンライン取材を終えたあと、トヨタ傘下のダイハツで大規模な不正が行われてきたことが報道された。そのことについて後日、追加のコメントをポール氏に求めたところ、それについても先にポール氏の言葉として記した「ソフトウェア会社の考え方 VS 従来型の製造業的な考え方」という対立の図式を交えながら、ポール氏は答えてくれた。
「トヨタをはじめとした日本式の従来からある製造業の考え方だと、最初から完璧、または完璧に近い製品が要求されます。そのため、今回のダイハツの場合、過度にタイトで硬直的な開発スケジュールと短期開発の強烈なプレッシャーにより、不正が発生したのではないでしょうか。
一方、シリコンバレーには『move fast and break things(すばやく動き、破壊せよ)』という考え方があります。メタのマーク・ザッカーバーグの名言です。テスラは完璧な車を完成させる前に、売り出してしまいます。だから、最初の製品の質が悪いのは当たり前なのです。そして、販売しながら、少しずつ改善していきます。ソフトウェアはアップデートできますから、とりあえず製品を出して、その後どんどん直していけばいいという考え方なのです」
スピード重視、不完全でもまず製品を出してしまうのがシリコンバレー流ということだが、それとは対照的に厳格な製品作りをしているふうな日本の製造業の伝統的なやり方の方で、大規模な不正が長年行われていたというのは皮肉な話だ。
ただ、ポール氏は「両者のやり方はどちらがいいとも言えず、おそらく2つの考え方を折衷したやり方がいいのではないか」とコメントしていたことはつけ加えておきたい。
日本には本当のイノベーションを起こしているソフトウェアの大きな有力企業は存在しない
さて、ポール氏はトヨタはソフトウェアの部分が弱いと指摘しているわけだが、それはトヨタだけでなく、日本企業全体の問題でもあるという。
「日本企業はモノ作りの力はあります。素材のところなどハードは強いのですが、ソフトウェアが弱いです。アメリカや中国に負けています。
日本で本当のイノベーションを起こしているソフトウェアの会社は思いつきません。楽天やLINEヤフーは違いますし、ソフトバンクグループは外部の会社に投資しているだけですから…。日本にもいろいろと小さなソフトウェア会社はありますが、流行に乗っているだけという気もします。
だから、本当に強みを持ったソフトウェアの会社に投資しようとすると、海外に投資するしかないのです」
日本にも、もちろんテクノロジー株はある。けれど、GAFAM、マグニフィセント・セブンのような大型有力テクノロジー銘柄は日本には存在しない。どうしてそうなのか。推測されるその理由については、過去に掲載した以下の記事内でポール氏の考えを紹介しているので、興味のある方は、こちらもぜひ見てほしい。
[参考記事]
●日本にGAFAが育たなかった真の理由とは? 今の日本が安定しているのは歴史的に見れば異常!? 為替相場の大きな変動は不安定化の兆しかも
日本の金融系YouTubeチャンネルを見ていると、日本人には投機的な人が多いと感じる
ポール氏は日本の金融系YouTubeチャンネルなどを見ていて、感じていることがあるという。それは投機的な人が多いことだ。
「今日買って、明日儲かるとか、1ヵ月後に儲かるとか、みんな、そういったものを目指していますが、そういった投機的なやり方は、正しい投資のやり方でないということは、アメリカの長年に渡る資産運用の研究の中で証明されています」
一般に、投機的なやり方で儲かる人も中にはいることだろう。ただ、大儲けした人が、次の瞬間には大損しているのも珍しくはないことだ。投機に対して、たぐいまれな才能を持った人の中には、そういった波を乗り越えて、投機によって継続的に資産を増やしている人もいるかもしれない。ただ、そういった人は一握りの存在だろう。ポール氏が指摘するように、一般的な人がみんな投機で継続的にうまくやっていけるとは思えない。
「金利の状況などを見ながら、株や債券などを長期で世界に分散投資して、それを定期的に続けていく。そういったやり方がアメリカでは確立されていて、多くの人が実践しています。
それで必ずいい結果が出ると保証まではできませんが、いい結果が待っている可能性が高いとは言えます。ただ、このやり方で結果を出すには時間が必要です。
それには忍耐力、そして待つことが必要なのです。ですが、それができれば、その先にはすばらしい世界が広がっていることでしょう」
[参考記事]
●投資初心者にオススメ! 低コストで簡単に実践できる「60・40ポートフォリオ」の今後10年がこれまでよりも魅力的なものになる理由とは?
ポール氏はカリブ海の島国、グレナダに自身のヨットを係留しており、時々、グレナダへ行ってヨットでの生活を楽しんでいる。
[参考記事]
●欧米流FIREのライフスタイルを2つ紹介。キャンピングカーで砂漠旅! ヨットで世界旅行!
●ヨットレースと投資の共通点とは? 過剰なリスクを取ってはいけない。成金を目指すのは投資ではなく投機だ
グレナダは風光明媚ないい場所なのだが、ポール氏はグレナダの人と話す時、思うことがあるという。
「グレナダの人たちは、自分の資産を貯金して置いておくだけなのです。世界の株式や債券などに分散投資するという手段を持っていないので、それしかやりようがないのです。彼らには世界分散投資のチャンスがありません。
一方、日本の金融機関では、世界へ分散投資する手段が提供されており、日本人はやろうと思えば、世界分散投資をやれるチャンスがあるのに、あまりやっているように思えません。それはもったいないことだと思うのです」
為替をそこまで心配することはない。米国株を絶対、ポートフォリオに入れないといけない理由とは?
日本から海外へ投資するには為替リスクが気になる人もいるかもしれない。
2024年は円高になるという見通しを述べる専門家も少なくない。ポール氏の2024年の米ドル/円相場の見通しは以下の記事で詳しく披露されているが、結論としては米ドル/円相場は「横ばい、または少し円高」になるだろう、ということだ。
[参考記事]
●米ドル/円相場が急落したが、2024年はどう動く? 米ドル/円、S&P500、米日金利差のチャートで見えてくる為替変動の3つのドライバーとは?
そして、為替と世界株への投資に関して、ポール氏はこう話す。
「日本は国の政策的に、急な円安も望ましくないでしょうが、急な円高も望ましくないでしょう。日本の金利はそれほど一方的に大きく引き上げるわけにはいかないと思いますし、米ドル/円がいきなり120円とか110円になったら、国としても困るでしょう。
ですから、為替のことをそこまで心配して、米国株など世界の株へ投資しないという手はないと思います」
ポール氏がこう話す根底には、米国株を中心とした世界株には、日本株には存在しない有力な銘柄があるという事実がある。
先ほど「日本で本当のイノベーションを起こしているソフトウェアの会社は思いつきません」というポール氏の発言を紹介したが、日本にはクオリティの高いAI関連の会社は存在しないし、エネルギー関連の会社などもINPEX(1605)や総合商社などなくはないが、アメリカほど大きな規模の会社はないとポール氏は指摘する。
だから…とポール氏は話すのである。
「米国株は絶対、ポートフォリオに入れないといけません」
(取材・文/フリーライター・井口稔)
●ポール・サイ ストラテジスト。外資系資産運用会社・フィデリティ投信にて株式アナリストとして活躍。上海オフィスの立ち上げ、中国株調査部長、日本株調査部長として株式調査を12年以上携わった後、2017年に独立。40代でFIREし、現在は、不動産投資と米国株式を中心に運用。UCLA機械工学部卒、カーネギーメロン大学MBA修了。台湾系アメリカ人、中国語、英語、日本語堪能。米国株などでの資産運用を助言するメルマガを配信中。
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